一心同体?
私が発熱する前日、E♭クラリネットがおかしくなった。
クラリネットには沢山のキーが付いているが、右側に四つ付いている俗称「トリルキー」の一番下のもの(正確にはE♭/B♭キーという)が変な動きをするようになってしまったのである。
このキーの裏側には板バネが付いており、押すとキーが上がってトーンホール(音孔)が開き、指を離すとキーが戻って音孔が閉じる。今回はこの動きがスムーズにできず、キーを離しても押しっぱなしのようになってしまったのである。このままでは音が変化しないので、由々しき事態である。
金属の劣化によりバネが折れる、あるいはバネ受けの溝(本体に彫ってある)から外れる、というのはB♭クラリネット(一般的な普通のクラリネット)でもちょくちょくあることだが、折れれば一目瞭然でわかる。外れても吹いていれば何となく感覚的にわかる。
が、今回はどちらでもなさそうだ。一体何が起こってしまったのだろう、私何かやらかしたかな、と不安になった。
修理は予約必須なので電話入れなきゃ、と思っていたら発熱。約二週間状態が悪いまま、楽器を放置する羽目になってしまった。いつ回復するかがわからないので、日を決めて予約することが出来ずにいた。
ぐったりと横になりながら、頭の片隅には常にE♭クラリネットのことがあった。動作不良はとても気になる。自分で原因がわかっていれば落ち着いていられたのだろうが、私はこの楽器の仕組みに全然詳しくない。
詳しい人だと素人でも簡単な応急処置ならやってしまうが、私はどうもこういう込み入った器械?は苦手である。おまけに不器用であると十分すぎるくらい自覚しているので、余計に楽器を破壊することになってはマズイと思い、一切触らずにいた。
もう人に感染させる危険もない、という段階になってやっと電話を入れた。クラリネット担当の馴染みのリペアマンであるSさんが、
「はいはーい、どうなさいましたかあ?」
と明るく応対してくれる。楽器の症状を話すと、
「うーん。原因は色々あり得るんですよ。取り敢えず診せて頂けますか?」
とのことであった。
12月のリペアは混雑する。アンサンブルコンテストやクリスマスコンサートなどのイベントが多いのと、楽器をベストな状態にして新年を迎えたい人がオーバーホールなどにやってくるからだ。
だから空いている枠があったらいつでも行かないと、予約が取れない。二日後の夕方を提案された。帰宅が遅くなってしまうが、少しでも早く元の状態に戻したかったので、仕事帰りに楽器屋に向かうことにして予約を入れた。
オーバーホールも兼ねてお願いし、待つこと約二時間。帰ってきた我が子?は外見もピカピカになっていた。有難い!
動作不良の原因はバネ受けプレートの摩耗。管本体を傷つけないように、バネ受けのところに金属のプレートが付いているのだが、それがバネとの摩擦ですり減って劣化し、うまくバネを送り出せなくなっていた、とのことだった。プレートとバネ、どちらも新品に交換である。
仕上がった楽器を試奏させてもらうと、アクセルを踏み込むとすぐスピードが上がる車のようだった。快適すぎる!来て良かった。ああ、すっきりした!
Sさんによると、E♭クラリネットでは割合よく起こる不具合らしい。私は専任になってからあまり年数が経っていないので、こういう経験は初めてだった。良い勉強になった。
それにしても、自分がダウンするのと同時に楽器がおかしくなるという偶然に一人で笑ってしまった。
私だけかも知れないが、楽器は体調不良の時はどんなに頑張っても良い音は絶対しない。なんだか鳴りが悪いな、と思っていると自分が体調を崩すということは結構ある。今回発熱する前日も、なかなか思うように吹けずちょっとイライラしていたところだった。
「この子随分お疲れでしたから、しっかりお手入れしておきましたからねー」
とSさんに言われてしまった。
楽器にも良い休息になったのかも。
来年もよろしく、と挨拶してSさんに見送られて外に出るとすっかり暗くなっていた。遅くなってしまったし、帰ってから夕飯をしなきゃだし、翌日は仕事が早朝からあるけど、そんなことどうでもいい。さっきの快適な吹き心地のお陰で心は最高に軽かった。
「ごめん、ちょっと夕飯遅くなるよ」
夫にLINEを入れ、イルミネーションいっぱいの街を幸せな気分で後にした。