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我らがアイドル

同僚のSさんは結婚二年目の若奥様である。背が高く、色がとても白く、耳元で切りそろえたボブスタイルが面長の顔にとてもよく似合っていてかわいい。
私からすると、自分の子供とさして年齢が違わないので、かわいいなあ、と思っていつも見ている。と言ってもSさんの方が職場では先輩なので、いろいろと教えてもらうことも多い。

元々は幼稚園教諭をしていたそうなのだが、職場内の人間関係に嫌気がさしたとかで、もう二度と保育の現場には戻りたくないそうである。優しくて、しっかりしてて、いつも明るいこんな先生なら子供を預けたい親はたくさんいるだろうに、職場の人間関係とやらも残念なものだと思う。
やはり人気のある先生だったようで、先日などは小学校高学年くらいの女の子がレジにやってきて、
「先生!修学旅行のお土産ロッカーに入れておいたから、持って帰ってね!」
と言って、Sさんに食品レジ近くに常設している、保冷ロッカーの鍵を渡して帰っていった。初めて担任した子だそうで、ずっと顔を見せてくれるそうである。
「大きくなったなあ、って思いますねえ」
子供を見送って手を振りながら言うSさんは、その時だけは『先生』の顔になる。

Sさんは細い目をしているのだが、笑うとその目じりがひょんと下がって、屈託のない笑顔になる。この魅力的な笑顔に悩殺されているのは私だけではない。二階の衣料品の責任者のKさん、事務所の出納担当のTさん、副店長のIさん、みんなSさんのファンである。
インカムでレジ応援を頼もうものなら、あちこちからいろんな人が馳せ参じてくる。助けたいと思わせる何かを持っている。特に媚を売るわけではないのに不思議なお嬢さんである。

喋り方は昔取った杵柄なのか、ゆっくりはっきりで優しいので高齢のお客様から人気がある。聞き取りやすいだけではなく、話したいと思わせる雰囲気を醸し出しているようで、彼女のレジで話し込んでしまう高齢のお客様はとても多い。
「Sさん、適当に切り上げてね」
と課長が時々釘を刺すのだが、
「話し込まれちゃいましたー」
という少しかすれたかわいい声を聴くと、課長も腰砕けになってしまう。

ひと月ほど前、Sさんはある手術を受けた。日帰りで済むとかで、
「すぐ帰ってきますよー」
などとニコニコしながら言っていたのだが、いざ手術を済ませてみると予想外に痛みが残り、しばらく歩くのが辛いくらいになってしまった。課長の判断で長期で休みを取ることになり、先週帰ってきた。
まだ結構辛そうだが、課長曰くは
「首から上は元気」
とかで、身体の負担の少ない仕事をボツボツしてくれている。

Sさんが休んでいる間、私とMさんは色々な人から
「ねえ、Sさんはまだ休んでいるの?どこか悪いの?」
「いつ戻ってくるの?辞めたんじゃないよね?」
と質問攻めにあうことになってしまった。
「人気者なんだよねー」
とはMさんの言葉であるが、本当にそうなのだ。嫌いな人がいたら、お目にかかりたい。

Sさんは趣味でピアノをかなり本格的に弾くので、ピアノを聴くのが好きな私とは音楽のいろんな話で盛り上がる。今まで職場で音楽の話はあまりしたことがなかったそうで、
「わーショパンとか好きって言っても、わかってくれる人がいる~嬉しいですー」
と言ってくれる。
お互い甘いものには目がなく、どこの何が美味しい、どこの店は今度こんな商品を出した、などと情報交換しては娘のような同僚と年甲斐もなく盛り上がっていることもある。

ご実家も店に近いようで、よくご家族がお見えになる。
お母さんはSさんにそっくりだ。私とあまり歳は変わらないが、店の最上階にあるフィットネスクラブに通うのにはまっておられるとかで、週に3日は顔を出してくださる。喋り方も笑い方もSさんにそっくりで、親子ってこんなに似るのかなあ、とMさんと笑っている。
妹さんを見たことのあるDさんは
「母娘3人でいると、全員おんなじ顔だよ」
と笑っていた。
ご主人は優しそうな方で、近くに来ると必ずと言って良いほど顔を見せて下さり、
「いつもお世話になっております」
と丁寧に頭を下げて下さるのでこちらが恐縮してしまう。
Sさんが非番の日には、よく夫婦で来てくれる。仲の良い、微笑ましい二人である。

ここ2,3日は痛みも随分軽減したとのことで、少し元気そうになってきた。まだ歩く速度はちょっと遅いし、床に落ちたものを拾うのは激痛が走るらしく、見ていてちょっと痛々しい。
「だいぶ良くなってきましたー」
とはいうものの、
「大事にしないとだめだよ」
とみんなで無理しないよう勧めている。

若いから、回復も早いだろう。
彼女の心からのあのかわいい笑顔を見られるまで、もう少しの辛抱である。
お大事にね。