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社長臨店に思う

今日は朝からみんながソワソワしている風だったので、不思議に思っていたら課長から、
「在間さん、今日はクリンネス特に念入りにね」
という特命?が下った。レジ作業よりは掃除の方がずっと好きなので、はーいと良い返事をして嬉々としてやっていたら、課長が普段は掃除しなくても良い、という試し履き用のマットを二枚持ってきて、
「在間さん、これもお願い」
という。あまりにも汚れているので、しょうがなくガムテープと箒で丁寧に汚れを取る。仕上げて課長に持っていったら、
「おお、さすが掃除大臣。ありがとうございます」
と言って、いそいそと元あった所にマットを置いて、嬉しそうに眺めている。

入社したての頃、棚を移動させた後の床掃除を命じられて、メラミンスポンジとハツリを使ってムシムシコツコツやっていたら、後で課長は店長に「床が美しい」と褒められたそうで、それ以来私は「掃除大臣」と呼ばれている。「お掃除おばさん」でいいですよ、と言ったのだが、申し訳ないそうだ。あまり意味はない気の遣い方である。パートのおばはんに無駄な気を遣うより、売り場の古い床の張替えを店長に打診してみた方が良いと思う。

開店してしばらく経った頃、
「在間さん」
と声をかけるお客様がいる…と思ったらYさんだった。今日は十一時出勤の筈である。
「あ、早いですね。おはようございます」
「おはよ。ね、社長来た?」
「社長?来るんですか?」
「うん、今日だよ」
なあんだ、それでみんな浮足立っているのか。やっと腑に落ちた。
「鞄の持ち手、乱れてたらお願いね」
バッグは持ち手を後ろ側に回すのがこの店の陳列のルールである。お客様はあまり気にせず置いて行かれるので、あちこち乱れやすい。品質に問題はないけど、ビジュアル的によろしくない、ということだろう。
「わかりました」
「ありがとね。じゃ、後で」
Yさんは食品の買い出しに行ったようだった。ふーん、Yさんも社長の来訪が気になるんだなあ、と思った。

掃除も普段は怠りがちな所までこまめに行き届き、陳列は乱れなく、とても美しい。いつもこうだと良いのに。
課長の「いらっしゃいませ」コールがやかましいくらいだ。普段は無駄なことは喋りたくない、と言った感じで事務所に詰めていることの多い課長が、まめに商品整理をしたり、お客様をご案内したり、とても甲斐甲斐しい。雪が降るかも知れないな。別人二十八号だ。
間もなくYさんとMさんが出勤してきた。二人とも課長の様子を見て笑っている。普段と違い過ぎるから、笑えて当然だと思う。私もついつい一緒に笑ってしまう。

社長は私の退店直前にやってきた。身長がとても高い人なので、遠くにいても目立つ。私達に頭を下げられると、軽く会釈を返してくれた。
傍らには店長と事務長が付き添って、売り場を案内している。大きい店だから、全部を見るにはかなりの時間を要する。だからほぼ歩きながらの通過である。
結局、社長が靴・服飾雑貨の売り場に居たのはほんの数秒だった。

売り場を綺麗にするのは良いことである。同じ買うなら誰だって綺麗な売り場で買いたい。商品だって綺麗そうで気持ち良い。
社長が来なくても、いつもこれくらい綺麗に整えられると良いのになあ、とつくづく思いながら、インポートバッグ売り場の掃除との整理をしていた。

普段からあんまりキチンとしようと思うと、しんどい。徹底的にやろうと思うとかなり大変で、それ用の時間を別に取る必要がある。だから「完璧」ではなく、「業務に支障の出ない範囲」で「それなりに」綺麗にしようとする。それで売り場は回っていくから、良いんだろう、と割り切っている。
家庭だって、年末の大掃除以外はそんなものだ。「生活に支障の出ない範囲」で、「それなりに」やっている。それで問題なく暮らせているから良いと思っている。

掃除大臣としては歯痒いところも多々ある。だからたまには店に社長の来訪があるのも良いものだ、と思っている。
家庭は…社長は来ないしなあ。子供のフィアンセでも来たら、頑張れるかも。期待しておこう。