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ミヤコ

私にはミヤコという旧い友人がいる。

ミヤコは小中学校の同窓生である。同じクラスになったことはただの一度もない。
初めて会った時の印象は最悪だった。
ちょっと見、林真理子さんに似ている。でっぷりとした体躯に、どろんとした目つき。前歯が一本、斜めに前に飛び出していて、いつも唇からちょっとはみ出していた。
よく遊んでいたのだが、遊ぶというより『監督する』と言った感じで、大儀なのかあまり身体を動かさず、いたずらなどをするとギロッとその大きな目で一瞥をくれて、
「それ、あかんのとちゃう?」
と静かに言うだけだった。
周囲が彼女をどんな風に思っていようが、まったく意に介さない風だった。
ムッとした顔で、同年の子達をいつも呆れた様子で一歩引いて見ていた彼女を、私はあまり好きになることが出来なかった。

ところが中学生になると、私達はよくつるむようになった。
私の家とミヤコの家は同じ団地内にあったが、私の家がギリギリ自転車通学可能圏外だったのに対し、ミヤコの家は私の家よりほんの数百メートル、学校から離れているだけで、自転車通学可能圏内だったのである。当然、ミヤコは自転車通学をしていた。
帰り道、ミヤコを見かけると歩いている私は
「おーい、ミヤコ!乗せて!!」
と叫ぶ。
ミヤコは振り向きもせず黙って自転車を止め、私が追いつくのを待っていてくれた。
「なんやねん」
抑揚のない声で静かに言う。
「後ろ、乗せてんか」
そう言いながら私は自転車の荷台に取りすがった。
「しゃあないやっちゃなあ」
喜んで横座りした私が、大きなミヤコの背中を見て、
「わあ、頼りがいのある背中」
と冗談めかして言うと、
「テメエ、振り落とすぞ!」
とハンドルをグラグラされて、きゃーっと声を上げることも度々あった。
母は
「いやあ、ミヤコちゃん帰ってきはった、と思ったら、後ろにあんた乗ってたんかいな。全然見えへんかったわ」
といきなり荷台から飛び降りた私を見て、よく驚いていた。

休みの日に会うこともあったが、いつも地味な格好をしていた。ちょっと歳の離れた小柄な弟がいたのだが、
「一緒に歩いてると『お母さん』って言われるから腹立つねん」
と言っていた。
お洒落とか、男の子とか、アイドルとか、ダイエットとか、可愛いものとか、そういった同世代の女の子たちが夢中になりそうなことを、彼女はいつも冷ややかな目でちょっと離れたところから見ているような感じだった。

こんな感じの関係のまま、私達は中学校を卒業した。高校は別々だったから、殆ど会うこともなくなって、たまに見かけるとお互いにちょっと手を振るくらいになっていた。

もう働き出したある時、私とミヤコの共通の友人が
「ミヤコが『一緒に飲もうよ』って言ってるけど、ミツルの都合どう?」
と声をかけてくれた。
懐かしさと、現在のミヤコがどうなっているのかに興味津々だった私は、二つ返事でオーケーした。
その友人が言うには、
「ミヤコ、めっちゃ綺麗になってるよ」
ということだったので、一体どんな女性になっているんだろう、と私は想像を逞しくし、物凄くワクワクしながらその日を待っていた。

待ち合わせ場所に現れたミヤコを見た私はびっくりした。
細い。以前のミヤコの半分くらいである。
一般的に言えば、それでも『ややぽっちゃり』という感じだったが、威圧感すら感じたあの体躯はどこへやら、だった。
「痩せたなあ!誰かと思ったで!」
私が思わず発した言葉を聞いて、ニコニコしながら
「うるさい。ワシじゃ」
とふざけて首を締めにかかる様子は、やっぱり昔のまんまのミヤコだった。

着ていたのは可愛らしいワンピース。ミヤコの服装とは思えない、女の子らしいデザインである。
「長い髪って不潔やし嫌い」
と常々眉を顰めて言っていたミヤコの髪は、肩より少し伸ばしてあって、サイドには綺麗に編み込みがしてあった。
「ミヤコ、カワイイなあ」
横に座って思わずそう漏らすと、ミヤコは黙ってにんまりしてVサインをして見せた。
その唇の間からちょっと突き出した前歯は、やっぱり前のまんまのミヤコだった。

飲んでいる時の話題は、他の女子と全く変わらなかった。
好きな俳優、気になる職場の同僚、流行りの服装・・・。そこにいるのは昔のミヤコではなかった。おおいに盛り上がった。
三人で楽しく飲んで、大きくなった弟君に車で迎えに来てもらい、
「またね」
と言って手を振って別れた。
それっきりである。

ミヤコは変わった。確かに外見は変わったけれど、中身は案外昔のまんまだったのではないか、と今になって思う。
本当はお洒落の話もしたいし、可愛いワンピースも着たかったのだろう。でも自分の外見に自信がなかったから、そうするのは恥ずかしかった。だからわざと興味のないように振舞っていたに違いない。
中学生の時はちょっと変わった子だと思っていたけれど、普通の女子だったんだなあ。
結婚しただろうか。子供はいるのかな。
私と同じオバサンになったミヤコに、また会いたくなっている。