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かわいい子には旅をさせよ

うちの子供は中学生の頃、和太鼓を演奏するのに夢中になっていた。当然、憧れの奏者もいて、そのうちの一つが有名な和太鼓グループ「鼓童」であった。
鼓童はその頃、毎年夏に「アース・セレブレーション」という、文化庁支援のコンサートを地元佐渡島で開いていた。コロナの時期には中止していたように聞いているが、まだその頃は世界各国から沢山の和太鼓ファン、鼓童ファンが詰めかけていた。
子供が中学生の時、これに行きたい、と言い出した。まだ受験生ではなかったが塾には通っていたので、夏休みの講習会の日程と合わなかったら良い、と言った。
日程的には大丈夫だったのだが、一緒に来てくれという。当時はまだ仕事はしておらず、可能ではあった。が、和太鼓は好きだけど、何日もそればかり聴くためにわざわざ佐渡島くんだりまで行く気は私にはなかった。夫は普通に仕事がある。こうこうだから一人で行っておいで、と言ったら子供はびっくりしていたがじゃあそうするわ、と言った。

とは言ったものの、中学生を一人で何泊も初めてのところにやるのは聊か不安でもあった。夫は私以上に心配したし、そもそも佐渡島に中学生を一人で泊めてくれる宿があるのか、という話になった。
そこで佐渡島の観光協会に夫がメールで問い合わせた。すると直ぐに返事があり、中学生は泊めたことはないが高校生ならある、という宿が一軒だけあり、今回も雑魚寝で良いならどうぞ、ということだ、と言って宿を紹介してくれた。
直ぐにそこに宿を取り、観光協会に返事したところ、宿から会場へのバスの時刻表、会場の見取り図、宿のパンフレット、佐渡汽船の時刻表、佐渡島の観光案内、等々をまるで大学受験要項みたいな分厚い封筒に入れて送って下さって恐縮した。

うちの最寄り駅で米原行きの電車に乗る前、子供は見るからに不安そうだった。駅の売店で食べ物と漫画を買い、ちょっと手を振って電車に乗り込んだ。
電車が動き出した時、それまで不安だった私の心に「何があってもしょうがない」という、さっぱりした諦めのような気持ちが生まれた。夫よりサバサバしていたと思う。
自分でも不思議だった覚えがある。

やがて子供は4泊5日の旅を終えて無事帰ってきた。
駅まで迎えに行った車中から寝るまでずっと、途切れることなく楽しい思い出を次々と話してくれた。
素晴らしい鼓童のステージ。様々な国の人々との交流。年齢問わずできた沢山の友達。宿で出た地元の食材の美味しいご飯。夜空の満天の星。
子供の目はかつて見たことがないほどキラキラしていた。
行かせて正解だったね、と夫と笑った。
その時子供が話した中に、今でも忘れられないエピソードがある。

子供は鼓童のグッズを買い込みすぎ、帰りの船の上での昼食代を使い果たしてしまった。やむを得ず空き腹を抱えて一人海を見ていると、小学生くらいの男の子が一緒に船を探検しようよ、と言ってきた。
良いよ、と答えてあちこち回っていると、その子のお母さんという人がやってきて、うちの子と遊んでくれてありがとう、相手してくれたお礼にお昼ごはんをごちそうするわ、と言ったらしい。ありがたいことにカレーライスとアイスコーヒーをご馳走になり、お腹を満たすことができたという。
船の上の食堂はどのメニューも結構なお値段である。一応きちんと連絡先をかいたメモをもらってきていたので、礼状を添えてこちらの地元の米を少し、送っておいた。

すると数日後、子供あてに小さな荷物が届いた。件のお母さんと息子さんからである。
開けてみると、カラフルなワイヤー細工のバスケットと、船上で息子さんとウチの子供を一緒に撮って下さった写真、息子さんからウチの子供への手紙、が入っていた。
添えられた手紙にはきれいな字で、
「子供さんは行きの船内ではとても不安そうに一人で海を見つめていたけれど、コンサートではいろんな人と一緒に踊ったりして、夢中で楽しんでおられましたよ。自分は、アフリカの女性の手に職をつけるボランティアをやっていて現地の太鼓にはまり、流れで鼓童のファンになりました。息子と遊んで下さって、ありがとうございました」
というようなことが書いてあった。バスケットはアフリカの女性たちの手作りだった。
そうか、不安そうだったか。自分では絶対言わなかったから、ちょっと笑えた。そして知らせて下さったことに感謝した。
今でも子供は、この時のバスケットを大切にしている。

子供はちゃんと自分で人との縁を繋いできた。
いわば「ヘリコプターペアレント」で、何もかも先回りしてきた私と夫は、この旅で子供に大事なことを教えてもらったと思う。
未だに「あの時は本当に行かせて良かったよねえ」という話になる。

かわいい子には旅をさせよ、というのは本当だな、と思った。
以来子供はどこでも一人で出かけていくようになった。そして今はもうすぐうちから巣立とうとしている。
時の経つのは本当に早い。

船上で子供にご飯をおごって下さったご家族は、実は今うちの直ぐ近くにお住いのはずである。敢えてご連絡も差し上げていないが、いつかお目にかかれると嬉しいなと思っている。







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