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都合の良い言い訳

二度目の引っ越しの際、処分に困ったものはいくつかある。
嫁入り道具だった鏡台は、親世代には女の子に持たせる必須アイテムだったのだろうが、私達が入居する全ての部屋には立派な鏡の付いた洗面所があり、化粧道具をしまう棚も標準装備であったから、ただの邪魔な家具でしかなかった。親の気持ちを思うと良心が傷んだが、思い切って処分した。
今の家の洗面所も勿論そういう仕様だし、そもそも最近の家は家具の不要な造りになっている。持ってきても置き場所はない。だから処分したことに後悔はない。

他に処分に困ったものに、人形の類がある。
一度目の引っ越しの際は子供がまだ幼稚園児だったから、まあまだ要るだろうかと思って持って行った。しかし二度目の引っ越し時、子供はもう二十歳を超えて家を出ていた。余程思い入れのある品なら別だが、そういった物はなかった。結構な量であったし、処分したかった。
しかし人形には目がある、口がある、「顔」がある。布で綿をくるんだだけの物でも、二つ黒い点を描くと目になり、「顔」が出来てしまう。黒い点さえなければ普通の可燃ごみに放り込めるのに、「顔」が出来た時点で捨てるのにためらいが起こる。捨てたら恨まれるような気がする。
ウチの子は女の子ではないが、そこそこぬいぐるみもあった。人間ではないけれど、これにも「顔」がある。これも困る。
狭いアパート住まいだったから、五月人形は小さいものを両親にリクエストしておいたお陰で嵩張りはしない。が、もう二十歳だとさすがに飾らない。
田舎の知り合いだと、ずっと何代も前からの立派な兜が置いてあったりしたけれど、ウチはそんな家ではない。市販品で、代々引き継ぐようなものでもない。兜だけではなく、衝立や刀、弓などもあり、大きな段ボールにまとめてはいたが、永らく持て余していた。

取り敢えず「処分」して良いものかどうか、考えた。
色々調べてみると、昔は一応元服を以て端午の節句の祝いは終わりにしていたそうだ。現代だと成人であろうかと理解して、処分しても問題ない、と決めた。
夫は「メ〇カリで売れや」などと罰当たりなことを言ったが、そんな気にはなれなかった。子の健やかな成長を願って用意したものなのだから、ちゃんと目的を終えたものとして、供養してもらおうと思った。

「人形供養」で検索をかけたら出るわ出るわ、引き受けてくれそうなところはごまんとあった。清掃業者、廃品処理専門業者、引っ越し業者、寺、神社、人形屋、葬儀社・・・。どこにしようか迷うくらいあった。
「無料・格安」のところは、そこらへんに遺棄されそうな気がしたのでやめた。自分の家の兜が不法投棄なんてされるのはごめんである。
ウチから車で二十分くらいのところにある小さな寺が、段ボール一箱に付き二千円で供養してくれる、と言うのを見て電話した。ついでにぬいぐるみも、というとご住職は快く引き受けてくれた。
供養料の他に数珠を持参して、読経する間一緒に手を合わせる、と言うことだけが条件だった。

まだ残暑厳しい九月のある日、私は段ボール箱三つ分のぬいぐるみと兜を抱えて寺を訪れた。山間にある、小さいが聖徳太子ゆかりの古い寺だった。
事務所の玄関で「すいませーん」と呼ぶと、ご住職の奥様らしき女性が出てきて下さった。供養の受付表に名前を書き段ボールを手渡すと、奥様が一つ一つ丁寧に取り出してひな壇のようなところに並べて下さる。ひな壇には既に沢山のぬいぐるみや人形が並べられていた。
やがてご住職が来られ、ひな壇の前に座った。私はその少し離れた後ろに座った。ご住職は厳かに一礼すると、
「読経は無理なら結構ですので、お手を合わせて下さい。今から供養させて頂きます」
と言ってひな壇に向き合った。
人間の供養と全く同じような感じでことは進められていった。私は汗を垂らしながら、人形の前で手を合わせた。

読経が終わると、ご住職が
「どうして今ご供養しようと決められたのですか?」
と静かに声をかけて下さった。私はありのままに、
「子供ももう成人致しました。今回遠方に引っ越しすることになり、なるべく用事のないものは処分していこうと思いました。ただ、人形や兜は普通に捨てる気にはどうしてもなれませんで、困っておりました。ありがとうございます」
と答えた。ご住職は頷きながら、
「そうでしたか。これからは毎朝毎夕、他のお人形と一緒にお経をあげさせて頂きます。最終的にはお焚き上げさせて頂きますので、ご心配なく」
と穏やかに言って下さった。
私はお礼を言って寺を後にした。

もう我が家に人形はないので、人形供養をすることもないだろう。
供養とはいっても結局「焼却処分」したのだから、人形たちには申し訳なかったと思う。ちゃんと供養した、という自分にとって都合の良い言い訳が出来ただけである。
でも後ろめたい気持ちが少しだけ和らいでいるのは、あの時ちゃんと手を合わせたからだろうか。