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わかっていたけれど

もう時効だと思うから白状するが、昔友人の彼氏と一度だけデートしたことがある。今はその友人も彼氏もそして私もちゃんと家庭を持ち、過去の恋愛のことなどすっかり日々の暮らしに埋もれて埃を被っていると思うが、こんな年齢になっても何かの拍子にふっとこういうことを思い出して、ほろ苦い記憶にほんのちょっと酔う瞬間がある。
年甲斐もなく随分ヒロイックな感傷に浸れるものだ、と自分をせせら笑う始末である。

友人とは職場の新人研修で仲良くなった。明るく気さくで話しやすい雰囲気の彼女とは、出会ってすぐに打ち解けた。美人ではなかったが人間的魅力にあふれた子で、一緒にいると楽しかった。営業成績も良く、配属された店では何度も業績表彰されて関西では有名な優良社員の一人だった。
彼女は採用活動がきっかけで、同じ大学の三つ上の先輩と付き合っていた。その先輩が私の配属店におり、同じ課だった。

先輩は仕事がとても出来る上に優しくフランクな人柄で、お客様は勿論、内勤の職員やパートのおば様達からも人気があった。おまけにちょっと日本人離れした顔つきの男前で、私も初めて見た時に「綺麗な人だな」と思ったくらいだった。
自分がモテることをよく自覚しているが、それを上手に表に出さず女性に接する。所謂「たらし」で、先輩はモテモテだった。
私にはどうせ手の届かない遠い存在だとはなから諦めていたし、当時は私にも一応彼氏がいた。が、性格的に合わないなと感じ始めていたし、遠距離恋愛でなかなか会えないこともあり連絡を取るのも間遠になっていた頃だった。そういう時に限って何故かこういう人に出会ってしまうのは、不思議なものである。
親しく尊敬する友人を裏切ってでも誰かに寄りかかりたかった私は、相当寂しかったのだろう。

当時は美人でもなく優秀でもないごく普通の私が、モテ男の先輩の気を引ける筈はないと思い込んでいた。が、そこは「たらし」の先輩の上手いところで、私のそういう卑屈な考えを触れなくていいものとして接してくれ、私は徐々に先輩に惹かれて行った。
恋をすれば女の子は自然と綺麗になる。私のような人間でも例外ではなかったようで、家族や友人にも外見の変化を褒められるようになった。そうなると益々私も結構イケルかな、なんて厚かましい考えで頭がいっぱいになり、思い込みで地に足が付かずフワついていた。
先輩は私がそういう風に変化していくのを楽しんでいるようにも見えた。

でも私の頭の片隅には常に友人の存在があった。あの子の彼氏なんだぞ、という声が聞こえていた。
他人の彼氏を横取りするのは世間一般的にはいけないこととされている。が、当時の私は己の恋愛成就を願うあまり、その背徳感を自分の恋愛のスパイスにしてしまい、益々恋情を募らせた。友人に申し訳ないという気持ちは段々小さくなった。でも決してなくなりはしなかった。
先輩の方も最初はからかい半分だったのが、やがて同僚にわからないように待ち合わせる場所を指示してくるようになり、駅まで数百メートルの僅かな距離を一緒に歩いて帰るようになった。

最初で最後のデートは確か大阪城公園だったと思う。先輩は駅で私を拾って自分の車に乗せてくれた。
車中で話したことは普段仕事場で交わした会話とあまり変わらなかった。
もっとワクワクすると思っていたのだが、助手席に座って話し出すと、先輩との間に友人の存在を強く意識してしまい、落ち着かなかった。彼女の話は全く出なかったのだが、おそらく二人共頭の中にずっと彼女の存在がこびりついて離れなかったからなのだと思う。
結局一緒に食事をしたり手を繋いで歩いた程度で、なんということもなく駅まで送ってもらった。
帰宅後、先輩から電話があった。やはり彼女を大事にしたい、という内容だった。私は先輩をなじりもせず、素直にそうしてあげて下さいと言った。体よくふられたのだけれど、心のどこかでほっとしていた。

今思えば先輩は、自分に気のある様子の私が可哀想だったから一回だけデートして、その上で私に釘を刺したかったのだろう。悔しいとかいう気持ちは本当に起こらず、ああやっぱり他人の彼氏を取ろうなんておこがましい考えは持っちゃいけないな、と感じた。友人に対してゴメン、という気持ちが強くなった。あんなに魅力的な彼女に、自分が勝てるわけもないのに愚かなことをしたものだと、ひとり落ち込んだ。
でも成就しなくて良かった、と思った恋愛はこれが初めてだった。

先輩はその後転勤先の事務職の随分年下の女の子と結婚し、すぐに父親になった。結局友人とは上手くいかなかったそうだ。その子と付き合うまでにも色々な女の子と噂はあって、友人とは別れる際に結構な”すったもんだ”があったように聞いた。
友人は大学の同窓生と結婚した。結婚報告の葉書の中の彼女は幸せそうに笑っていた。その笑顔を見て嬉しい反面、申し訳ない思いが沸き起こった。
今はやり取りはない。幸せでいてくれると良いのだけれど。

男前でモテモテの男性にちやほやされることで手っ取り早く自分を満たしたかった、自分に自信のない小さな私の古い古い恋の失敗談である。


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