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親不孝と言わば言え

今日は母の誕生日である。
コロナ以来帰省してはいないが、時折電話では喋ったりしているし、正月とお盆は必ずビデオ通話しているから、元気にやってくれていることは折に触れて確認済みである。
今回も有難いことに両親共に元気なことを確認できたのだが、この人は未だに時折こっちのカンに触ることを言ってくる。
数年前、私が「いい加減子離れしてくれ!」と言って、半年ほど関係を遮断した経緯があったにもかかわらず、この人はまだわかっていない。わかることは永久にないと頭では分かっているのだが、どうしてもカチンと来てしまう。
私はまだまだ、母との間の境界線を完璧には引けていないようだ。

私は
『誕生日おめでとう。急に寒くなりましたが、二人共変わりありませんか?こちらは元気です。身体に気を付けて過ごして下さい』
という、心の中にある自分の気持ちそのままの文面を送ったのである。普通に返信するなら、
『ありがとう。元気にしています。そっちも気をつけてね』
ぐらいで良いと思うのだが、母からの文面の出だしを読んだだけで私は不快になってしまった。
『覚えていてくれたのですね』
って、去年も覚えてたやん。あなたの娘は人非人だと言いたいのですか。
『二人共すっかり年を取ってしまいました』
そら、娘が五十代やったら、当然ですよ。だから気にして連絡してます。
『お正月はそちらで過ごすのですか』
はいはい、私は二日から仕事なんで帰省は無理ですよ。めちゃくちゃ混むし、帰るなら時期を外すって、いつも言ってるやん!
『○○君(息子の名)はインターンシップは冬も行くのですか』
息子の領分、知りません。何故私に訊く?冬はないんとちゃう?
こんな具合で、色々イラつくのである。

惨い娘と言わば言え。毒親育ち、あるあるだと思う。綺麗ごとで済まそうとすると、私の心が危うくなってしまう。
これでも私が『自分』を取り戻してからは随分イラつかなくなった。母の機嫌を取ろうとしなくなったからである。
いきなり泣きを入れ、こちらを『親のことをほったらかす酷い娘』に仕立て上げる。
そして自分は『か弱い老女』を演じる。『二人共』という言葉で自分の夫である父を自分の方に巻き込むことも忘れない。
顔を見たいなら素直にそう言えば良い。でも『子離れしてくれ』と言われた手前、言えないのだ、という雰囲気を醸し出しながら正月の予定を訊いてくる。
これがもし、
「ええ加減、顔見たいなあ。いっぺんおいでよ」
と言ってくれれば、そうやなあ、と考えもしようものを。
息子はもう来年年男である。そんな大人の予定、親が根掘り葉掘り訊くわけがない。この人は三十過ぎの娘にまでそうしてきたから、それが異常なことだとわからないのだろうけど。

今はこうやって、母の言わんとすることが冷静に分析できる。そして私がどうしてそこに苛立つのかもわかる。母が私を支配しようとする気配を敏感に感じ取るからだ。
母はどんな手法を使ってでも、娘に自分の方を向かせたい。思い通りにしたい。それは母がわざとそうしているのではなく、本能的なものである。母自身が、自分の母親にそうさせられてきたのであろう。
そして厄介なことに、この人はそれこそが『愛』だと勘違いしている。
でもそれは、母の所為ではない。

少し前までの私もこれこそが母の『愛』だと信じ込み、母の要望を汲み取りすぎるくらい汲み取って、先回り先回りして母の気に入るように、そればかり考えて生きてきた。だから母が何も考えずに書いた文面を見ても、彼女の隠れた要求が透けて見えてしまうのである。
私は今は自分の要望を後回しにしない。人並みに親を心配する気持ちは持ち合わせている。ただ、一人の独立した人間として、常軌を逸した介入は、それが例え親でも御免こうむりたい。

冷たいようだが、こういう時は返信をしないことにしている。
文章でのやり取りは誤解を生みがちだ。かといって電話すれば、マウントを取ろうとしたり、弱々しくしたりする母の言葉は容易に想像できる。だから架けない。
この子は何故返事をしてこないのだろう。怒っているのかしら。忙しいのかしら・・・。酷い娘だ、年寄りに辛く当たるなんて。
暫くはそんな思いに心乱れるかも知れないが、やがて『この子にもこの子の人生がある』ということを、母も静かに少しずつ分かっていってくれることだろう。そんな思いで敢えて放置するのである。
これは今までに何度もやったことがある。後から連絡があると大抵、母の頭は冷えていて、通常のやり取りが出来るようになっている。だからイチイチ反応し過ぎないことが肝要なのだ。

以前のように、母とのやり取りが苦しく辛いことはない。ただ悲しい諦めの気持ちが少し、生じるのは否めない。
それでも母の誕生日を祝わずにはいられない。私はこの人の娘だから。
産んでくれてありがとう。貴女も自分の人生を生きて下さい。私はもう貴女の機嫌は取らないよ。ごめんね。
目を閉じて、静かにスマホの画面をオフにした。