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フルコースのように

先日の練習の帰り、同じクラリネットパートのJさんと同じ電車で帰ってきた。Jさんは最近凄く前向きになられたが、相変わらず愚痴は多い。ただ前ほど毒はなくなってきたので、気楽に会話できるようになった。
話題は専ら定期演奏会の演目についてである。
「本当にキツイ曲ばっかりだよね、今年。誰が選曲したんんだろう?」
Jさんはぶうぶう言っている。確かに今回は体力的にしんどい曲が多い。Jさんが降りるまで、ひとしきり愚痴に付き合った。

Jさんが降りた後、
「在間さん?」
と話しかけてきてくれたのは音楽監督のN先生だった。先生は私と同じ駅で降りる。
「随分Jさんと盛り上がってたみたいだったね?」
と仰る。思わず苦笑いする。
「ああ、今回の定演はキツイ曲が多いね、っていう話になってました」
というと先生は深く頷いた。先生はプロのクラリネット奏者である。スコアを見れば私達のしんどさは容易に想像できる。
「だよね。ホッとできる曲がないよね」
「そうなんです」
先生はちょっとため息をついてこう言った。
「僕は選曲には口出ししないことにしているんだけどね。いつももうちょっと奏者とお客さんのことを考えても良いんじゃない?とは言うんだよ。だけど持ってくるといつもこういう感じなんだよね」
「去年は良い感じのプログラムのように思いましたが…」
「そうだね、去年はコロナのせいもあって練習回数が取れないから、欲張らないことにしたんだよね。それがかえって良かったのかもしれないね」
「なるほど、そうでしたか」
先生はちょっと残念そうに見えた。

アマチュアの吹奏楽の演奏会の選曲は、実はとても難しい。吹奏楽はクラシックに比べて一曲が短い為、いくつかの曲を組み合わせてプログラムにする。私も前に所属していた楽団では選曲を長い期間担当していたので、選曲の大変さはとてもよくわかる。
どういう目的の演奏会かということに加え、客層、開催時期、難易度、演奏時間も考えるべき要素である。あとは特殊管(イングリッシュホルン、コントラバスクラリネットなどあまり普段使用されない楽器)がソロなど重要な役割を果たしていないか、調達困難な楽器などが使用されていないか、ピアノ・ハープなど合奏回数があまり取れない楽器がどれくらい使用されているかなど。考えることは山ほどある。
更に前年までのお客様アンケートに登場した「聴いてみたい曲」を考慮に入れ、団員の希望と技量を加味する。
前の楽団ではこの上に音楽監督にお伺いを立てていた。
この曲をするなら○○社版ではなく××社版のにしなさい、とか、この曲は定期演奏会までには間に合わないんじゃないか、他の曲に差し替えなさいとかいったご意見を頂く。
これにて最終決定である。この過程を演奏会の半年前には終えていなければならない。この頃は丁度コンクールの直前時期と重なり、多忙を極める。

考慮すべき要因の中で一番厄介なのは「団員の希望」である。
あれがやりたい、これがやりたい。好きで吹きに来ているわけだから、みんなやってみたい曲がある。技量的に無理なものはばっさり切れるが、出来そうな曲が何曲か出ると揉めることが多い。結局、普段の団内の力関係が顕著に表れる。
こういう場合、選曲の責任者は悩ましい。
あちらを立てればこちらが立たずになる。みんな結構真剣に必死で自己主張するので、気まずい雰囲気になる。お客様のことも考えねばならない。
なんとも難しい。

前の楽団の音楽監督にはこう言われた。
「コンサートの選曲は、『フランス料理のフルコース』のようにするんですよ。前菜、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザートとコーヒー。メインディッシュを立て続けに二皿食べさせられても、お腹がいっぱいになってしまう。サラダが食べたいですけど、順序を間違えてはもうお腹に入りません。忘れないように」
私は迷った時、これを基準にしていた。みんなの希望は入れたい。お客様の希望は最も優先したい。他の要素もおろそかには出来ない。
難しいけれど、飽きの来ない、聴いて下さる方がもう一度ここの演奏会に来たいと思って下さるような選曲にはこの要件は外せないのではないか、と思っている。

奏者にだって休憩になるような曲が必要だ。特に金管楽器は「バズィング」と言って唇を始終ブルブル振るわせて音を出しているので、キツイ曲ばかりだと演奏会終了まで唇が持たない。
他の楽器だって、体力を演奏会前半で使い切るようなことにはなりたくない。まともな音を終演までキープしたいと考えるのは誰でも同じである。

きっと今の楽団の選曲責任者も悩んで悩んで決めたんだろう、と思うので私は一概にその人を批判したり出来ない。
でも、今年の選曲はやっぱり私にもキツイ。殆ど全部がメインディッシュである。来年こそはこの経験を活かして、もう少しお客様目線の選曲がなされることを願っている。




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