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犯人はヤス、-終焉-|第3話|再会

左脚の傷口を手当てする。

神社で噛まれた蛇は、毒蛇だったようだ。

ハンカチで、蛇に噛まれたふくらはぎを強く巻いて止血し、そのまま橋の下を流れる川の中へ入り、必死に毒を洗い流した。

悟は、びしょ濡れのまま、来た道を戻る。

駅前の道を抜け、再び占い師のいた路地を歩いていると、なんとそこに別の占い師がいた。

「あの、少し話を聞かせてほしいんですが……」

悟が話しかけた瞬間、よほど警察官に警戒心を抱いているのか、その占い師はその場を立ち去ろうとしている。

「待ってください!! 大丈夫です! 捕まえたりしないので、話を聞かせてください」

悟の言葉も虚しく、その占い師は走り去ってしまった。

占い師の後を追う悟。

思うように体が動かない。

ビルとビルの間を曲がっていく占い師を必死に追いかける。

後を追って、曲がり角を曲がった直後、待ち構えていた警察官に、スタンガンのようなものを当てられ、悟は意識を失った。
 



「お前たち、飲みが足んないぞ! 飲みが!」

「警部こそ、全然飲んでないじゃないですか! もっと楽しみましょうよ!」

警視庁内は常に荒れ狂い、まともな警察官などもう存在しない。

書類が山積みされていた以前の事務所とは違い、デスクは全て、壁際に追いやられていた。

広いスペースにブルーシートを敷いて、花見客かのように、飲み散らかす警察官たち。

「今日は酒いっぱい用意したから、とにかく楽しんでくれ!」

「よっ! 田中警部! ゴチになります!」

事務所を出て、警視庁の地下へ向かう田中警部。

「もしもし? 悟がみずから来たのか? こっちは大丈夫だ。予定通りこれから連れていく。あぁ、よろしく頼む」

警部が向かった地下には、重要人物を収容する牢屋がある。

その中の1つの牢屋の鍵を開け、暗闇でうつむいたままの男に声を掛けた。

「話がある。今すぐここから出ろ」

「田中警部……ようやく私が必要とされる時が来ましたか」

「まさかお前に世話になる日が来るとはな、橋本」

5年前から収容されていた橋本を、田中警部が意味深な顔で見つめ、牢屋から連れ出した。
 



「おい、起きろ」

横たわる悟を手荒く起こす警察官。

悟が目を覚ますと、そこはコンクリートむき出しのボロボロの部屋だった。

ぐらつく頭を押さえながら、起き上がる。

やけにタバコ臭い。

よく見ると、窓がない。地下室のようだ。

不利な状況なのは一目で分かった。それでも、悟は目の前の警察官を睨みつける。

「どうやら、目が覚めたようだな」

警察官の顔がはっきりと見えた瞬間、悟は目を見開いた。

「忘れたとは言わせないぞ」

笑いながら悟を覗き込む警察官は、胸元に隠していた、シワシワによれた手紙を、悟の目の前に出した。

それを見て衝撃が走る。

その手紙に書かれていたのは、見覚えのある文字だった。

「犯人はヤス、……」

その瞬間、悟の脳内でずっと閉ざされていた記憶の扉が開き、眠っていた無数のシグナルがバチバチと音を立て、過去の記憶が一気によみがえった。

反射的にその手紙に触れる悟。

「蓮さんですか?」

「ようやく、思い出したか」

悟は、まだ完全でない記憶に、戸惑いを隠せずにいた。

「一体、何が今起こっているんですか?」

「まぁ、順に説明するから。まず、体調を整えろ」

そう言いながら蓮は、近くのベッドへ悟を誘導した。

「とりあえずここは安全だ。まぁ、寝っ転がっとけば、良くなるだろ」

そう言って、蓮は濡らしたタオルで、悟の頭を冷やす。

ひと安心した悟は、ベッドに横たわり、体を休めつつ、少しずつ記憶を辿たどることにした。
 



再び目が覚めた悟は、先ほどまでの頭痛が取れ、無理なく起き上がることができた。

毒蛇に噛まれた傷口の痛みも消え、脚が軽くさえ感じる。

周りを見渡すと、コンクリートの壁が一箇所めくれているのが目に入った。どうやら壁のコンクリートは本物ではなく、壁紙だったようだ。

壁紙を軽く剥がしてみると、中から巨大なホワイトボードが現れた。

「音楽の仕組みと記憶……」

そこには、蓮が人知れず書き記したメモがホワイトボードいっぱいに貼られていた。

換気設備が整っていないのか、部屋全体にタバコの煙がこもっていた。蓮がここで透視能力を使って過去をさかのぼり、記憶を呼び起こしていたあかしだ。

上の階から、階段を駆け下りてくる蓮。

「悟か? 壁紙をめくったのは。一応何かあったときのために防犯機能を付けておいたんだ」

「すみません」

「何かに興味がくぐらい、元気になったってことだな。まぁ、これから説明するつもりだったから丁度いい」

「蓮さん……僕がやっておいてなんですが、この壁紙、少し甘くないですか? これでは、最初からめくってくれと言っているようなもので……」

「その通りだ」

蓮は、反対側の壁に向かって、歩き始めた。

「それはフェイクだ」

ポケットに手を入れたままスイッチを押す蓮。

すると、壁ごと上にスライドし、下から真っ白なタバコの煙が湧き上がった。

煙の中から、別の部屋が現れた。

「こっちが本物だ」

この部屋こそ、蓮が用意していた本当のアジトだった。10畳ほどある空間の壁一面に、大量の文字が書かれていた。

「とにかくこっちに来てくれ。これから悟に、どこまでの記憶があるのか質問する。その後、この5年間を取り戻す大事な話をするから」

パイプ椅子に座り、事情聴取用のテーブルを挟んで向かい合う二人。

長い脚を組みながら肘をつきタバコを吸い始めた蓮は、机の上にある照明スタンドを悟に向けた。

「まるで僕が犯人みたいですね」

「まぁ、完全に信用した訳じゃないからな。とりあえず始めるぞ、答えてくれ。お前は今一人暮らしか?」

「いえ、彼女と同棲しています」

「どこに住んでる?」

「アパートに住んでます」

煙を吐きながら、嘘がないか確認する蓮。

「最近の出来事を思い出す限りでいいから話してくれ。何でもいい」

「えーっと、最近は彼女がジャズバーで楽器の演奏をするので、それをよく観に行きます」

「なるほど。ジャズバーで演奏会か」

「はい」

「じゃあ質問するが、その彼女とはいつ知り合った?」

「えっ……」

「いつから同棲している?」

「えっと……」

(言われてみたら、いつから彼女だった?……思い出せない……)

「不思議に思わないか? いつから付き合っているかも分からない、同棲をいつ始めたのかも分からない、そんな女とお前は同棲してるんだぞ?」

悟は、彼女との深い記憶がないことに気付いた。

「その女はおそらく監視役だ。お前が記憶を戻していないか、監視する目的で側にいるんだよ、恋人のフリをしてな」

「監視役?」

「今この国では、過去の記憶が消されている。誰かが目論もくろみ、考えた、新たな思考テロだ」

日本中を巻き込んだ思考テロが、あの事件から5年間、ずっと起こり続けていたというのだ。
 



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