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犯人はヤス、-終焉-|第18話|炎舞

神楽の中では、炎が次々と襲い掛かってくる。

その炎の中を迷うことなく走り抜ける安。

安の後を追う悟。

今、救えるのは、母親かサヤのどちらか。

離れた神楽にいる二人を助け出すためには、安と悟がそれぞれ、別の神楽を選択するしかなかった。

降りかかる炎をものともせず、階段を駆け上がっていく安。

悟は、安を見失った。

安が向かった方向を探るために、建屋の周りを見渡すが、炎に視界をさえぎられており、安が通った形跡が見当たらない。

「聞こえるか、安! どっちへ行ったんだ。答えてくれ!」

悟の声も、燃え盛る炎の音にかき消される。

幻影げんえいを探すかのように、火の手がおよんでいない場所へ視線を向けるが、安はもうそこにはいない。

一刻を争う。

悟は、安の母親を助けに向かうべきか、それとも、サヤを助けるべきか、悩んだ。

その時、古谷警部のある台詞が悟の頭をよぎる。

「お前は直感を信じろ」

天井が、木の瓦礫がれきとともに崩れ始めた。

悩んでいる暇などない。

悟は、自分の直感を信じるしかなかった。
 



二人が入っていった神楽を見上げながら、特別操作チームのメンバーと警察官たちは、懸命に消火活動を行っていた。

火元は消すことができたが、神楽の上まで燃え移った炎は、一向に消えない。

焦れば焦るほど、余計燃え広がる炎。

最悪の結末が、近づき始めていた。

「時間がないぞ! まだなのか、悟たちは!」

焦る古谷警部の声。

その声は、もちろん悟には届いていない。
 



中央の建屋と二つの神楽をつなぐ廊下。

炎が邪魔をして、渡ることができない。

意を決して、飛び移る。

悟は、サヤのいる『天照あまてらす』の神楽を選んだ。

服を脱ぎ、周りを叩きながら、足元がゆるくなっている神楽の階段を一気に駆け上がる。

ようやく、神楽の舞台に辿り着いた。

そして、炎が燃え盛る神楽の舞台へ飛び込んだ。

真っ赤な炎に一瞬包まれたが、跳ね除ける。神楽の舞台には生暖かい風が吹きつけていた。

悟は、体に付いた火の粉を振り払い、舞台の中央へ助けに走る。

中央の柱に縛り付けられているサヤの後ろ姿が目に飛び込んできた。

「何で……」

そこには、安もいた。

安は、悟よりも先に到着し、縄がほどいていた。サヤを解放し、助け出していたのだ。

安も、悟の姿を見て驚く。

目を合わせる二人。

絶望的な状況だった。

安ならきっと、母親を助けに行くだろうと、悟は踏んでいた。

「どうして私を助けに来たの? 何で私だけに……」

サヤが嘆きながら、二人の顔を見る。

安が、隣の神楽へ視線を向ける。

柱に縛り付けられながら、炎を被る母親の姿。

それは、伊弉諾いざなぎが、火之迦具土ひのかぐちに燃やされた、巻物書かれていた神話と同じ光景だった。

安は、母親のいる神楽が燃え盛る様子を見守ることしかできなかった。
 



「なぜ、こうなる……」

母親が燃えようが、サヤが燃えようが、文屋長官にとってはどちらでもよかった。

ただ、一つだけ計略けいりゃくとは違った。

文屋長官も、悟と同じく、安は母親を助けると踏んでいたのだ。

そのため、母親を柱に縛りつけるとき、縄に仕掛けを施し、簡単にほどけぬようにしていた。安の精神的に追い込む作戦だったのだ。

しかし、安が選択したのは、サヤだった。

安はかつて、ミノを救えなかった過去がある。

イナンナの中で、安はミノと約束していた。

「妹のサヤを守って」
 



燃え盛る炎。

その時、数台の自衛隊のヘリコプターが、上空から現れた。

人々を洗脳から解く『犯人はヤス、』作戦が功を奏し、自衛官の洗脳も解けていたのだ。

二つの神楽に対して、ヘリコプターからの消火活動も始まった。白い煙が一気に立ち上がり、神楽の中央も火が消え始めた。

安と悟は、母親がいる神楽へ助けに向かおうとした。

その直後、神楽の柱が崩れ始めた。

柱に縛られたままの安の母親は、無常にも音を立てながら、崩れ落ちていく。

「母さん!!」

サヤは、安の目を後ろから覆い隠した。こうするしかなかった。

柱の重みで、助けに行く間もなく、勢いよく安の母親は落ちていく。

サヤの手を振り解き、安は母親の行方を追った。

大きな音を立てながら落ちていき、安の母親は、瓦礫がれきの中へ入っていった。

「ゔぁぁ〜〜!!」

安の断末魔だんまつま虚空こくうに響き渡った。

その姿を上から見下ろしていた文屋長官が叫ぶ。

「悪とかした者を、この世から追い出す時が来た! 中島安、お前こそ真の能力者であり、この世界の創造主そうぞうぬし。さぁ、その姿を見せてみろ!」

文屋長官は、この瞬間ときを待っていた。

安の中にある神の思考。

『神の予言』から、安の精神世界の反映が新時代の幕開けとなると、文屋長官は踏んでいた。

安が、新たな世界を創造する運命にあることを見抜いていたのだ。
 



巻物に書かれている神話。

その中には、文屋長官が持つ古事記とは別に、彼の思惑通りに人々をコントロールするために必要な予言が、もう一つ書かれている。
 
[三日月が昇ぼる日の夜、八百万の神々の住む地が荒れ果て、人間により全ての終わりを迎える]
 



無情にも、この日の月は三日月。
 
月が、真上で輝き始めた。
 
その瞬間、全身を震わせながら、少しずつ表情を変えていく安。

空が、赤黒く染まり始める。

あまりにも不自然な光景。

「これが中島安の本性か……ついに現れたぞ。本当の地獄がここから始まるのだ!」

安の気持ちに応えるように、遠くの山々がうなり始める。

うずくまり、震える安。

「安! 冷静になるんだ!!」

悟が声を掛けるが、すでにもう、聞く耳を持つ状態ではなかった。
 



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