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大正スピカ-八咫烏の選別-|第16話|決断

「其方の変えられぬ運命。それは、八咫烏となり、世を導くことだ」

「私が、神職に就くということですか?」

八咫烏となり、神職に就く。

それは、あの國弘に近づくことを意味していた。

國弘の真意を直接聞くために京都を訪れた鈴子と、鈴子が八咫烏として神職に就く運命。

この二つが一致するよう、神が促しているようにも思えた。

「物事は全て、神の意思。其方には今、われが命じているように聞こえているかもしれぬが、そうではない。神に身を委ね、神の御告げを伝えるのが我の役目。無論、神の御告げとはいえ、決断するのは其方自身。未来は変えられる」

自分以外の者を導く役目である神職。

さらに、その上から俯瞰ふかんして、より良い未来へと導く役目である八咫烏。

鈴子は、その場ですぐ決断することはできなかった。その日の夜は、付き人の部屋で寝ることになった。

前世の話、裕次郎の話、そして、卑弥呼の血筋、政府と神職の争い。

鈴子は一晩、眠らずに考えた。
 



次の日。

茶室には、巫女の姿があった。

彼女は目を閉じ、凛とした姿勢で鈴子を待っている。

「呼んで参りました」

二人の付き人によって、鈴子は茶室へと案内された。

襖が開く。

ゆっくりと目を開ける巫女。

そこには、白装束を着た鈴子の姿があった。

両脇で、指を揃え頭を下げる、付き人の二人。

「白装束を着て参ったということは、そういう意味で捉えて良いのであろうな?」

付き人の二人は、小さく頷いた。

鈴子に白装束を渡し、頭を結い、着付けをしたのは、付き人の二人であった。

「神職に務め、余生を全うする所存でございます」

付き人より深く頭を下げる鈴子。

その気品高き鈴子の姿。背後から、後光が差しているのを巫女は見逃さなかった。

「簡単ではないぞ」

顔を上げる鈴子の眼差しから、ブレのない確固たる決意を読み取ると、巫女は話を続けた。

「神職に就くためには、最低限の知識と知見が必要だ。其方は今、赤子と同じ。ゆえ、指導者を必要とする。その者を予め用意しておいた。入れ!」

鈴子の後ろから一人の男性が現れた。深々と頭を下げる。

はた駿河! 主は、与根葉鈴子直属の指導者として、神職の教育と訓練に務めよ! そして、主もまた、鈴子から予知能力を学び、二人で切磋琢磨することをここに命ずる」

「「承知いたしました」」

「3年後に行われる八咫烏の選別を二人に受けてもらう。主らは、3年間、神職を全うし、学び、命を捧げる。生か死か、未来は主らの努力で決まると思え」

巫女からの常軌を逸する言葉。

厳格な表情で、一語一句丁寧に伝えていく。

「そして、二人とも生きていたとて、我の味方となるか、それとも敵となるかは分からぬ。八咫烏の選別まで、我が主らと会うことはない」

巫女は全てを伝え終えると、付き人を連れ、地下へと戻っていった。

年齢差のある、会って間もない二人が、ここから三年間、八咫烏の選別に向け、互いの知識や経験を出し合う。

頭を下げたまま、二人は動くことなく、決意に満ちていた。
 



「もしかして駿河さん、貴方は最初からこうなると分かっていて、村へ来られたのですか?」

「はい。私は巫女様に命じられて村へ行き、貴方にお会いしました。私が貴方に教育する運命だと聞いた時は、貴方がどんな方かも知らされていませんでした」

駿河が村を訪れたのは、國弘ではなく、巫女からの指示だった。

「それであの時、私に話をしてくれたのですね。さぞ無知で驚いたでしょう」

「正直に申しますと、なぜこの方が選ばれたのか分からない、というのが最初の印象でした」

駿河は三年間、鈴子へ神職の教育を行いながら、自身も霊力を高めるための未来予知の仕組みを学ばなければならない。

このことに、少し不安を感じていた。

「しかし、不思議なのです。貴方は、心の奥深くを読み取っても、影すら見当たらない。寧ろ、自分自身の闇に気付かされるのです」

鈴子と初めて対面で話した時、熱くなっていた駿河は、鈴子の感情が読め取れなかった。

そのため、感情的になり、鈴子を京都へ向かわせたのだ。

これもまた運命であった。

「未来は、神により定められるものだとよく聞きますが、使命を背負う者には、必ず導くための素養が備わっています。貴方には、読まれる側の人間ではなく、読んだ人間を悟らせる力があります。言うならば、狂った羅針盤を元通りにする役割とでもいいましょうか。私は、そう感じています」

駿河自身も、命を懸け、八咫烏の選別に挑まなくてはならない。

そのため、重要なパートナーとなる鈴子を見抜かなければならなかった。

鈴子を早々に受け入れ、一刻も早く、彼女を教育をしていかなくてはならない。

無知に訴える論証。

駿河は、鈴子が信用できる相手であると、結論付けた。

「教育を行う前に鈴子さん、貴方にお伝えしたい事がございます」

駿河は、孫の周が無事、父母のもとへ渡ったことを伝えた。

「そうですか! それは良かった。聞いて安心しました。これで、心置きなく、神職の道へ進むことができます」

「吉見神社も、新たに他の者が管理していますので、ご安心ください。それと、少し不可解な事に気付いてしまいまして、鈴子さんにお尋ねしたいのですが……。師である平塚の事です」

話は、國弘の話題になった。

駿河は、自身の経歴や國弘との繋がり、そして、ある事件について、鈴子に話し始めた。
 



神職の家系で育ち、同い年の生徒たちと教育を受ける中、指導者として國弘に才能を見出され、声を掛けられたのが、全ての始まりだった。

その後、國弘から夜通し個別に教育を受けることになった駿河。

國弘は、精神、教養、そして、この世の流れ全てを駿河に説かせた。

國弘の振る賽は、的確に未来を当てた。時には、駿河自身の未来も。

「神の真髄は人間にあり。神に近づくことが、我々神職の務めです」

駿河は、國弘を師と崇めるようになった。

神職として、実家の神社を継いだ駿河は、幾度となく、國弘のもとを訪れ、彼の度量を測り、吸収した。

しかし、ある日を境に、國弘は姿を消した。

誰に尋ねても、國弘の名前は出て来ない。それどころか、神職名簿にも記載されていなかった。

駿河は違和感を覚え、國弘が管理していた神社の宮司に、直接話を聞きに行った。

「……そんな名前は、初めて聞きますね」

驚いた。

まるで、國弘が最初から存在しなかったような口ぶりだ。

「何が起きているんだ……」

駿河は疑念ぎねんを持ち、さらに宮司を問い詰める。

すると、

「……記憶が残る者もいるようですね。とりあえず、私についてきてください」

宮司は、駿河をある場所へと連れていった。

その場所が、國弘と鈴子が再会した、あの八咫烏の神社だった。

この時初めて、駿河は、八咫烏の存在を知った。

どのように、國弘の存在を消したのかは分からない。ただ、自分以外の記憶から、國弘が消えているのは確かだった。

でもなぜか、この宮司は知っている。

宮司の背中から醸し出される闇のオーラ。高貴な雰囲気とはまるで相対あいたいする異様な空気が辺りを包み込んでいた。

そして、ある一室へ案内された。

「貴方は、平塚とどういったご関係で?」

駿河は正直に、これまでの経緯を話した。

「一体、何の目的があって、平塚を……」

「知り過ぎることは良くないことでもあります。しかし、これも何かの縁。特別にお話をして差し上げましょう」

宮司は、八咫烏の選別について説明した。

駿河は、國弘が、八咫烏の選別最初の合格者であり、通過した者は、使命として、戸籍と関係する者の記憶を消される定めであると聞かされた。

その時だった。

背後から政府職員に羽交い締めにされる駿河。

「申し訳ありませんが、記憶を抹消させていただます。これも運命ですので」

駿河はこの時、宮司と政府の繋がりを目の当たりにした。
 



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