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傍聴席のカケラ|第11話|事件

「水晶占いの情報や、新たに創設された宗教団体の情報があれば、送ってほしい」

次の日、出勤した僕は、千代の部屋を荒らした犯人を特定するため、朝から仲間と協力して捜査を行っていた。

特定の手がかりになりそうな情報を見つけ出し、その情報をもとに現地へ向かい、犯人の足取りを探った。

僕は若い頃に多くの軽犯罪を担当している。

その頃、関わった事件の中から、関与が疑われるものを片っ端から当たっていくことにした。

当時の記憶を頼りに、一度でも逮捕歴があり、占いや宗教団体、それに、水晶に関わりを持つ人間がいないか、捜査を続けた。

あの頃は持っていなかった能力。

事件簿をめくるたびに、読み取るスピードが、以前より速くなっているのを感じた。

そんな中、一つ気になるものを見つけた。

脱税容疑で逮捕され、過去にも逮捕歴のある占いグッズ専門店の店主。

偽の占いをするためにも、占いグッズは必須。

「もしかすると、ここで仕入れを行っている可能性があるな」

以前、千代と二人で依頼を受けた、水晶術をかけられたあの依頼主の女性。

彼女に占い師の情報を聞いたとき、彼女は、連絡先すら分からないと言っていた。

あんなに辛い思いをして、悪しき術をかけられたにも関わらず、覚えていない。恐らく、水晶術で記憶を消されたのだろう。

やり慣れた手口と、千代が命の危機にさらされるほどの強力な術。

素人の水晶術でないことは明らかだった。

僕は、依頼主の女性の様子を伺いつつ、占いグッズ専門店へ探りを入れに行くことにした。





「そうですか……本当に覚えていないんですね」

「すみません」

「いいえ、元気そうで安心しました。また、何かありましたら、ご連絡ください」

少し表情が豊かになった気がする。

でも、やはり記憶は戻っていないようだ。

次に、近くにある占いグッズ専門店に立ち寄ることにした。

私服に着替え、警察官であるとバレないように張り込む。

ところが、住所が変更されているのか、事件簿に記載されていた住所には、店どころか、建物すら残っていない。

周りはただの住宅街。

しかし、こういったケースはよくある。

例えば、看板も付けずに民家を店として営業をするケースや、税務調査などの調査から逃れるために場所を転々とするケースもある。

僕は、辺りを見渡しながら、それらしき人物が現れないか、もう少し付近を張り込むことにした。

奥まった通りにも関わらず、人通りは激しく、一つ道に入ればブティックが軒を連ねる住宅街。

「そういえば、この通り、あのお店が近くにあるはず。ちょっと、立ち寄ってみるか」

僕は、表通りへ向かった。

「いらっしゃいませ!」

「あっ、こんにちは! 私のこと覚えていますか?」

「えっと……すみません。お名前を伺っても……?」

「花瀬です。以前、占いをさせていただいた……」

その店員の女性は、僕の顔をまじまじと覗き込んだ。

「あっ、あの時の!」

「思い出していただけましたか」

「もちろんです! その節はお世話になりました」

「こちらこそ。近くを通りかかったので、立ち寄ってみたんです」

「わざわざ来てくれたんですね! ありがとうございます」

僕が立ち寄ったこの帽子屋は、初めて千代と二人で依頼を受けた、依頼主の女性のアルバイト先。

「あれ以来、ちゃんと断わるようにしています。そしたら、なぜかその先輩はすぐに辞めてちゃって。代わりに、私がこのお店を任せられるようになりました。色々と良い方向に向かっています」

どうやら、過去の自分から抜け出し、彼女の人生は好転に向かっているようだ。

「それは良かったですね。では、もう少しここで?」

「はい。まだ地元に戻るのは早いのかなと」

彼女の笑顔を見て、僕は安心した。

「安心しました。これからも頑張ってください。ところで、一つお聞きしたいことがありまして」

「何でしょう?」

僕は、警察手帳を見せながら、この周辺で占いグッズ専門店を見たことがないか訪ねた。

「あっ、警察の方だったんですね! ちょっとお待ちください。店長を呼んできます」

彼女が、奥にいる店長を呼んでくれた。

僕はもう一度、同じ質問をした。

しかし、

「もう6年ここで店をしておりますが、聞いたことありませんね」

「すみません。ありがとうございます……」

僕は少し帽子を見させてもらったあと、再び裏通りへと戻ってきた。

同じ道を戻りながら捜索していると、一つ気になる看板があった。

「学書房? さっき、こんな看板はなかったはず……」

同じ道から来ているにも関わらず、初めて見る小さな看板。

こげ茶の古いレンガ造りの建屋に、古書店を改装したようなガラス張りの入り口が、昭和の懐かしい雰囲気を醸し出している。

そこへ黒いスーツを着た一人の男性が、店へと入っていった。

僕は、ここが怪しいと睨み、張り込みを開始した。

どう見ても客を招き入れるような風貌ではない。

わざと通りから見えないように入り口が設計されているように見える。

4階建てのビルにも関わらず、階段が外側に備え付けられていない。つまり、一階の入り口から入らなければ、上へは上がれない仕組みだ。

全ての階、シャッターが下ろされており、3階部分だけ、微かに光が漏れている。

中に人が居ることは確かなようだ。

すぐ署にいる仲間に連絡し、店の特定を急いだ。

その間に、さっきビルに入ったスーツの男が出てきた。僕は、間隔をあけて、その男の後を追った。

裏通りから、さらに、裏路地へと足速に進むスーツの男。

10分ほど歩いたところで、今度は、また別のビルへと入っていった。

すると、仲間の警察官から連絡が入った。

「花瀬さん、先程のビルなんですが、過去に外国籍の男性と日本人の男性が共同で購入した履歴があります。学書房は、主に海外の古書を販売していた書店で、現在では空き家になっています」

「空き家?」

「はい、そのように記載が」

「了解。だが、人が出入りしていることは間違いない。この辺りを中心に捜索を頼む。不審な情報があればすぐ連絡をくれ。それともう一つ、そこから南西に10分ほど行ったところに、絵画を扱う店が入ったビルがある。そっちも調べてほしい」

「分かりました」

電話を切ると、またスーツの男は、数分でビルから出てきた。

しかし、少し挙動がおかしい。

手には紙袋を持ち、中には、明らかに丸いものが入っている。僕は、彼に職務質問をすることにした。

その時だった。

同じビルからもう一人、男が出てきた。

その姿を見て、僕は驚愕した。

過去の事件が蘇る。

あの時と同じ人物。

「まさかここで出会うとは……」

もしかすると、今探している水晶術を使う者と、何らかの接点があるのかもしれない。

もし、そうなら、千代が危ない。

職務質問しようと、前に出した脚を戻し、僕は陰に身を潜めた。

絶対に失敗してはならないあの瞬間、僕は助けることができなかった。

もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

自分で自分の首を絞め、後悔したあの日々が脳裏に浮かぶ。全ては、今目の前にいる男のせいだった。一気に怒りが込み上げてくる。

二人は、同じ車に乗り込み、そのまま走り去っていった。

目の前を横切る車。

見えなくなるまで、僕は車から目を離さなかった。

「花瀬さん、その絵画のお店も、先程のビルと同じ外国籍の男性と日本人男性が購入した物件です。同一人物です。二人とも、18年前、花瀬さんが担当していた事件に関与しています」

「これはもう間違いなさそうだな。さっき、その男が目の前に現れた。あの事件と関係があるとはな。逮捕状を出す準備をしてくれ。この二つのビルをおさえれば、必ず証拠が掴める。できるだけ早急に……」

「……もしもし、花瀬さん?  ……もしもし? 花瀬さん!!」
 



私は、働いていたスーパーで、最後の買い物をした。

「まだ嫌いな食べ物、聞いてなかった。食べてくれるかな……」

麻也が帰ってくる前に作ってしまわないと。

久しぶりに料理をした。

しかし、この日、麻也が戻ってくることはなかった。
 



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早坂 渚
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