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大正スピカ-八咫烏の選別-|第18話|巫女

一次試験の試験問題を作成したのは、國弘と澄子だった。

神職の基礎の項を作成したのが國弘、人物と神の項を作成したのが澄子。

表と裏。

公平に作られた試験問題だった。

澄子は、試験問題に自分自身を敢えて登場させていたのだ。

一次試験が終わるとすぐ、二次試験が始まった。

個別に行われる面接試験。

駿河は7番目、鈴子は最後20番目に呼ばれることになった。

次々と呼ばれていく若き神職者たち。

一人15分足らずで終わる面接。

今のところ、待合室に戻ってくる者はいない。

「鈴子さん、行って参ります」

「健闘を祈ります。私は最後に呼ばれますので、待っていてください」

駿河は少し笑みを浮かべ、面接会場へと向かった。

待合室の窓から見える梅の木が、小さく揺れている。

「今、貴方が見ている現実は、貴方自身を映している鏡です」

國弘の言葉を、鈴子は思い出していた。

すると、待合室で待機する神職者たちが、ざわつき始めた。

駿河が、30分経っても、面接会場から出てこないのだ。

心配そうに見つめる鈴子。

すると、ゆっくりとふすまが開き、駿河が出てきた。

「鈴子さん、どうやら私、二次試験通ったみたいです」

「本当ですか! おめでとうございます」

鈴子は、素直に喜んだ。

しかし、なぜか浮かばれない表情の駿河。

18、19と呼ばれ、鈴子にも、順番が回ってきた。

駿河以外にもう一人、18番目に呼ばれた、まだ20歳ぐらいの女性が、待合室に戻ってきていた。

どうやら、二人目の通過者のようだ。

「私一人が通過しても意味がありません。鈴子さん、必ず貴方も通過する運命にあるはずです。どうか……」

「大丈夫ですよ。必ずここへ戻って参りますから」

鈴子が呼ばれた。

鈴子は、駿河が心配しないよう、胸を張り、面接会場へ向かった。

一次試験と変わらない広さの部屋、中央に置かれた椅子、その向かい側には、澄子と國弘が横並びで座っており、その奥に天皇が鎮座している。

「まず、お名前と年齢を教えてください」

「与根葉鈴子、60歳です」

鈴子は、國弘の指示で座った。

3人を前に、集中する鈴子。

「まずは、一次試験の結果を発表します」

鈴子は、息をんだ。

「50点満点中、28点でありました。点数で見ますと、通過するに値しません。ですが、貴方が書いた回答は、この面接で行う説明次第で、点数が増減します。心して回答してください」

書記の4人が、筆を取る。

「明治天皇の過去を読み取り、述べる問いに対し、貴方はこう書かれています。『趣味多彩で記憶力があり、誤魔化しの効かない方。民と苦楽を共にするという信念のもと、天皇を全うされた素晴らしい御方である』と。これについて、詳しく説明してもらえますか?」

鈴子は、静かに目を閉じた。

「はい。明治天皇には大きく分けて、二つの特徴があります。趣味が多彩で茶目っ気のある性格と国家の威厳ある指導者としての一面です。普段は、世話係にも気さくに話しかけ、乗馬や和歌、蹴鞠けまりを楽しまれる姿が確認できます。京都を愛され、日本の和文化を重んじる様子も見てとれます。お酒もよく飲まれていたみたいです」

透視によって映し出されている情景を見ながら話す鈴子。

その姿に、書記の4人も一瞬、筆を動かすべきか躊躇ためらう。

この問いは、天皇に仕える者として、秩序を重んじる器があるか図るために作られた問題。

他の誰よりも詳細な情報を伝える鈴子に、國弘と澄子は驚いていた。

鈴子の言葉に、最初に反応したのは、天皇だった。

椅子の肘掛けを使い、ゆっくり立ち上がると、鈴子にこう言葉をかけた。

其方そなたは、明治天皇が酒好きだと申したが、何の酒を好んでいたか、聞かせてもらってもいか?」

落ち着いた声で、丁寧に話す天皇。

面接会場にいる全員が、天皇に目を向ける中、鈴子は目を閉じたまま、答えた。

「日本酒が特にお好きだったようです。医師からはワインを勧められていましたが、鶏肉に塩を振り、軽く焼いたものを茶碗に入れて、上から熱燗あつかんを注ぐ、鶏酒けいしゅと呼ばれる食べ物をたしなむ様子が目に浮かびます」

この鈴子の言葉に、天皇は驚いた。先代の天皇である父の酒の好みまで簡単に当てられるとは、思っても見なかったからだ。

「なるほど。では、二つ目の威厳のある指導者としての顔、こちらについても聞かせてくれぬか?」

天皇自ら、鈴子に語りかける異様な光景。

その光景に、他の者も息を呑む。

「はい。総理からの条例案も、一度読むだけで全て記憶してしまうほど、優れた記憶力を持たれていました。それゆえ、この方には誤魔化しが効かぬと恐れられていたようです。日露戦争の時、暖炉も置かず、国民と同じ環境で執務しつむをされるお姿も見受けられます。どんなに体調が優れない日でも、自分を特別扱いすることは許しておりません。素晴らしい精神をお持ちの方だと思います」

「不思議と、甥っ子である私より、先代の事に詳しいように感じるな。其方の言葉、何か先代から言われているようにも思える。感服した」

天皇は、静かに椅子に腰掛けた。鈴子の言葉に、自身の未熟さを覚えさせられているようだ。

この間も、澄子は、鈴子の様子に目を光らせていた。

占いとは違う、鈴子の透視能力。

鈴子が神降ろしをしている様子はない。ただ、頭のてっぺんから天に向かって、一本の細い光を繋いでいる様子は見えた。

「では、人物についての回答に移ります。与根葉澄子、18歳、この者についての問いに対し、『三女が他界したことにより巫女の道を決意した』と書かれている。この内容について、詳細を求めます」

「もうい! 茶番はここまでだ。彼女には、我々の茶番は通じぬ。それは、先程の問いですでに証明されているではないか。与根葉澄子、この者が誰かなのか、お主はもう分かっているはずだ」

「……私の目の前におられる巫女様であられます」

「左様。我自身の人生を問題にし、透視能力を図ったのだ。そして、ここに書かれている内容は、紛れもない事実。三女が他界したとき、我は巫女の道へ進むことを決意した。だが、それだけではない。もう一つの理由がある。お主、分かるか?」

鈴子は、再び目を閉じた。

もう一つの理由。それは、次女が関係していた。その理由が、鈴子には見えていた。

しかし、それは、澄子自身も知らない理由が含まれていた。

事実をこの場で伝えるべきか、鈴子は悩んだ。

「分かります。ですが、ここでお話ししてもよろしいのでしょうか?」

「構わぬ。申してみよ」

「はい。最初は、次女様が巫女の跡取りに選ばれていました。しかし、三女様が他界した後、流れが一変しました。それまで病気一つしたことのなかった次女様が病気を患ったのです。つまり、澄子様が巫女となる運命にあられたのです。それが、もう一つの理由です」

「その通りだ。次女は病気を患った。だが、なぜ次女の死について語らない? 三女と同じように次女が他界したゆえ、我は巫女となったのだ」

「はい。貴方様は、母上様よりそう伝達されていたと思います。しかし、これは、次女様の意思によるものなのです」

「次女の意思……? どういうことだ」

「……次女様は、御健在であられます」

澄子は、目を見開いた。

自分が知らない事実を聞いたのは、この時が初めてだった。

「次女様は、貴方様に災いが起こらぬよう、身代わりの役を今も尚、全うしておられます。貴方様を護るため、貴方が生き続ける限り、身代わりを全うする。これが彼女の使命。貴方様が、巫女の使命に集中できるよう、母上様と協力して、自身が亡くなったことにしたのです。これが真実にあられます」

澄子は、衝撃のあまり、涙も流れなかった。

澄子の様子を汲み取り、國弘が代わりに進行を続けた。

「過去と現在の人物についてはよく分かりました。次の天照大神あまてらすおおみかみの問いも、透視能力による言葉であろうと推測できます。しかし我々が、どうしても貴方に聞かなければならない回答があります」

國弘が、鋭い眼差しで、鈴子を見る。

「過去と現在については、詳細に書かれているのに対し、未来については、回答が全て白紙。この理由を述べてください」

八咫烏の選別。

この大事な試験で、鈴子は、最後の問題を回答せずに試験を終えていた。
 



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