早海 獺

はやみ・うそ です 小説を書いています

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  • 短編小説 『イエロートラム』 〈全4回〉

    1960年代の米国サウスカロライナ州。かつてダンスホールで賑わったとあるホテルに、不思議な小男が訪れることから、奇妙な物語の幕が開けます。

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短編小説 『イエロートラム』 〈最終回〉

 ジュリオは倉庫からほこりをかぶった映写機を運んできた。それを簡易ステージの手前に据え付ける。ゴードンが缶ケースを開け、なかからフィルムの巻かれたリールを取り出し、映写機のアームにセットする。フィルムの端を数インチ引き出し、電源を入れてからスリットに挿入すると、するりと吸い込まれて機器背面から吐き出された。それを後部リールに巻き取ったゴードンは、ジュリオが壁面のスクリーンを下ろし、広間の灯りを消すのを待ってから、映写レンズのピントを調整した。 「このまま始めよう」かがんでい

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    • 短編小説 『イエロートラム』 〈第3回〉

       ジュリオとゴードンは五〇四号室内のすべての部屋を確認した。どこにもグレイ夫人の姿はなかった。バルコニーに通じる扉も開けられた形跡はなかった。もしかすると足りない食材に気づいて買いに出かけたのかもしれない。そうなるとソファに座ったふたりの脇を抜けて、部屋の入り口まで行く必要があるわけだが、もしかすると会話に気を取られていて気づかなかったのかもしれない。その結論でたがいを納得させたふたりは、シャンパンのグラスをキッチンに片づけてから五〇四号室をあとにした。夫人が鍵を持って出たか

      • 短編小説 『イエロートラム』 〈第2回〉

         ジュリオの伸ばした手が止まった。「それはつまり、リンダは夫人の本当のお孫さんではない、ということですか?」 「『本当』の定義にもよるが、まあそういうことになる」 「でも先ほど歯並びが似ているって……」 「私と夫人は、本当は似ていないことを知ってて言ってるのさ。たしかにふたりとも歯並びは悪いが、似てはいない。そもそも人種だってちがうくらいだからね。仲間うちだけで通じるジョークさ。しかしきみはそのジョークが通じる相手ではないから、こうして解説した」ゴードンは目の醒めるよう

        • 短編小説 『イエロートラム』 〈第1回〉

           男は、フロントがいちばん閑散とする午後二時過ぎにやってきた。長期滞在している五〇四号室のグレイ夫人の傘を、ジュリオが直しているときのことだった。 「失礼。このホテルにはダンス室がありますよね」  男は、カウンターからようやく頭がはみ出るくらいの身長だった。斜め上に向かって声を張りあげるかたちで、質問というよりは事実確認をしたがっていた。たしかに、当ホテルにはダンス室がある。 「たしかに、当ホテルにはダンス室がありますよ。正確には元ダンス室、ですけれど。一九二〇年代にチ

        短編小説 『イエロートラム』 〈最終回〉

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