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「一番の化粧は笑顔」というのは三角一点


 身につけることはできる。難しいのは何より身につけた状態を維持すること。分かっている、知っているつもりで自分が思い込んでいるほどの「実」を持たない。自ら更新しない限り、蓋を開けてみれば薄っぺらな中身。好んでずっと傍にいる人の方が詳しいのは当然のこと。
 
 長年愛用している化粧品ブランド、コフレドールがなくなるという。順次生産を終了し、年末には販売そのものを終了する。色で抑えるのではなく光で飛ばす。隠すのではなく角度を変えてみせるような、ありのままに限りなく近い肌を演出してくれていたベースがなくなるというのは、ブランド任せだった美容脳に冷水を浴びせられるかのようだった。ファンデーション、アイブロウ、アイライナー。早いところ買い溜めておかなければいけない。


 
「またやり方変えましたか?」
 マッサージのあと尋ねると、山田さんは「いいえ」と言った。
「もしかしたら腰の調子が良かったので、かけていた時間をお顔に持ってこられたからそう感じたのかもしれません」
 デコルテからあご、肩から首にかけて、いつもと同じように流しながら、その指が指圧ではなく「流し」に特化して動くのを感じた。コリを潰してほぐすのではなく、潰れたものを流す。ハープを撫でるような動きは掻き出すニュアンスが強く、メニューにフェイスを入れていないのに顔のラインがスッキリするようだった。ふと昔美容講師の言っていたことを思い出す。
〈ハンドパワーって言うでしょう?〉
 あれって本当なの、と密やかに笑う。
〈手って万能なの。ツボ押しは親指。広い範囲に塗り広げたい時は人差し指と中指。繊細な瞼は力の入りづらい薬指、細かいところは小指。全てを終えたら両手で包んで(化粧を)馴染ませ、固定する。クリームを塗った後は浸透させるために温度を与える〉
 印象的だったのはそう言うその人の指先がキレイだったこと。所作。手は、指先の印象はそっくりそのままその人の品性を表す。
 
 山田さんが使うアロマ。原液のオイルは植物由来。例えばアレルギーが繰り返し同じものに触れることによって発生するとしたら、山田さんは常にその中心にいる。そこから人の美のため健康のために尽くす。
「アイツ、すごいっすよ」
同い年の整体師はいつだったかそう呟いた。完全に一致せずともやっていることは同じ。同じ目線を共有できるからこそ、その言葉は重みを持つ。仕事と対価。生きるための手段。どう生きたいかという目的。
 
 定期的なマッサージを必要とする年で、身体で、成人式のような区切りのない日々の中で、
 コフレドール。思い返してみれば私の顔はいつから止まっていたのだろう。これからの動きとして「早いところ買い溜めておく」ことが、はたして本当に正しいことなのだろうか。
 
 年齢を入れて検索をかける。年相応の価格帯。当然だがヒットする商品が全く違う。評判のいいアイライナーは夜になってもくっきり残ったまま。眉も同じだった。
 売れるものには理由がある。同時になくなるものにも理由がある。長い間、慣れ親しんだものを最上としてきた。そうして愛着が故に、いつの間にか変わっている自分を正しく認識できなくなっていた。
 
 更新。今の自分に見合うもの。
 いつだったか美容部員の人が言っていた。一回り年の違う人だった。
〈若ければいいの。やること少ないから。歳を重ねるとね、やること増えて大変なの。あっちもこっちも手入れしなきゃいけないから〉
 うまくできたものだ。メイクのスピード。若くてまだ不慣れな子と大人で工程が多い人、実際のところかかる時間はほぼ同じ。だからそこにハマらないというのは、成長スピードが合っていないということ。分かってる、知っているつもりでいた自分の顔。その実、見たいように見ていた。それは現実を受け入れないこと、地に足がついていないことと同じ。
 よくよく見ずとも難点だらけの顔。でもだからこそ。
 
 じゃあどうするか。

 問題が分かれば解決に向かえる。大事なのは見ること。ベースがなくなる現実に直面して、最も変わったのは鏡を見る回数。自分に合うものを選ぶため、合わせたサンプルがどんな働きをするか観察する。そうして最も相性のいいアイテムを見極める。現実の自分をきちんと直視できて、改めて築かれる足元。
 
 みるみる変わっていくポーチの中身。
 そうして変化は表情にこそ現れる。だから。
 

「一番の化粧は笑顔」というのは三角一点。
 正答は「一番の化粧は自信のついた笑顔」







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