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日本一小さな町のnote #02[食]

日本一人口の少ない町・山梨県早川町の魅力をお伝えするnote、今回もカメラマンの鹿野がお送りいたします。

僕は10年以上、撮影で早川町へ通っていますが、その間変化が大きかったのが「食」です。10年前で人口がたしか1100人くらい、今は900人に満たない町なので、もともと飲食店の数は多くありませんでした。そこに新たにお店を始める人が増え、魅力的な食が増えているのです。

まず県道37号沿い、町の玄関口ともいえる場所にある南アルプスプラザ。ここには以前から食事処がありましたが、2018年に農家レストラン早川舎としてリニューアル。特産品のジビエやハム・ベーコンを使ったメニューもあります。アウトドア帰りで腹が減った!というときは、ベーコン定食がおすすめです。そのプラザでは町の特産品も販売していますが、開店と同時にどんどん売れていき、大抵昼過ぎにはなくなってしまうのが貴美ちゃんパンです。

左はコロッケパン、右はツナマヨコーン。ともに250円。

特徴は豊かな小麦の風味。プラザ内にある町営施設・チャレンジキッチンで、朝早くから貴美ちゃんこと遠藤貴美子さんが焼いています。

その遠藤さん、僕が写真集のために町内を撮影していたときは、町で唯一の美容室を営んでいました。一方でパン作りの評判も耳にはしていましたが、いつの間にかプラザにその名を冠したパンが並んでいたのには驚きました。今も美容室は常連さんのために続けており、まさに早川町が誇る二刀流です。

遠藤さんと一緒に作業している左の男性は、チャレンジキッチンの担当者・相川孝作さん。ただ厨房を運営管理するだけでなく、まさにいろいろチャレンジをしています。別の取材をしていたときは、たまたまゆずを収穫するところに遭遇。持ち主の高齢化により、町内には実が成っても放置されたままの木が増えています。そこで相川さんは持ち主の承諾を得て収穫。その実をチャレンジキッチンで加工したり、同じく運営に携わるヴィラ雨畑のレストランで使おうというのです。

一緒に作業しているメガネの男性は、雨畑硯の職人・中川裕幾さん(雨畑硯の話はいずれ記事にします)。相川さんが中川さんの茶畑の除草を手伝い、お返しに中川さんがゆずの収穫を手伝いました。早川町には「ゆうげぇし」という言葉があります。漢字にすると「結い返し」だそうですが、誰に助けてもらったら、誰かを助けるという意味です。ただし町民からその言葉を耳にすることはほとんどありません。誰かが誰かを助けるのは、この町では自然なことだからです。

というわけで僕もほんの少しだけお手伝いしたら、後日ゆうげぇしというべきかは謎ですが、このとき収穫したゆずで作ったジャムを分けていただきました。酸味と甘みが絶妙なバランスでした。南アルプスプラザにはそうした特産品も並んでいます。隣には観光案内所もありますので、ぜひお立ち寄りください。

またこれは主に町民向けではありますが、週に2回移動販売も行っています。一度同行させてもらったのですが、コンビニがない町で、高齢者も多いとあって行く先行く先で貴美子さん熱烈歓迎。パンも飛ぶように売れていました。

なにより印象的だったのが、パンを選ぶ人たちが楽しそうなこと。おいしいものは人を笑顔にするんだなぁ……と実感しました。僕も料理関係の仕事が多いのですが、さらに心を込めて撮影せねば、と思いました。

そんな南アルプスプラザが位置的にも施設的にも“町の玄関口”なら、対照的に町でもっとも奥深くにあるお店が鍵屋です。その先はマイカー規制中という、車で行けるもっとも奥の集落が奈良田(ちなみに町営の路線バスでも行けます)。そのさらに奥まった場所に、山を背にして立つ築200年以上の立派な古民家が店舗です。長らく民芸品の加工展示施設でしたが、2015年に早川町が南アルプスユネスコエコパークに登録されたのを機にリノベーション。居心地のいいカフェに生まれ変わりました。僕は行くたびに「ここが自宅か仕事場ならいいのになぁ」と思います。

お店を仕切っているのは写真の小森由美子さん。僕が初めてお会いしたのはもう10年以上前。3人の子供とともに、東京から山村留学制度を利用して町へ移住して間もない頃でした。実は小森さん、東京にいた頃の仕事はカメラマンで、僕の同業の先輩にあたります。一方で料理やお菓子作りも好きで、キッチンカーや飲食店経営に挑戦したこともありましたが、東京でやるのはなかなか大変だったそうです。

子供をのびのび育てるために早川町へ移住した小森さんですが、長男はのびのびどころか砲丸投げでインターハイに優勝。東京の大学に進学し、トップレベルで競技を続けています。そして長女も次男も親元を巣立ちました。「なぜか私だけ残って不思議だよね」と笑っていましたが、鍵屋には東京では実現できなかった小森さんの夢が詰まっている気がします。

鹿肉、白鳳味噌、野菜、果物、キノコなど、鍵屋で使う食材は早川産のものばかり。なんとキウイもすぐ近くで採れるのだそうです。それらを無添加、手作りでアレンジ。しかも食材だけでなく、食器も町内の木工職人さんの作という、まさに究極の地産地消です。

そして僕が声を大にしていいたいのは、早川の水がおいしいこと。そこかしこで“南アルプスの天然水”が湧いていて、それが町の水道になっているのです。だから鍵屋のコーヒーや紅茶、料理、そして当然ですが“お冷”も本当においしいのです。身延町の国道52号を早川方面に曲がってから、奈良田までは車で1時間ほど。日本有数の秘境ともいわれますが、そこへおいしいコーヒーを飲みに行くというのも贅沢な旅ではないでしょうか。

早川町のおいしいものはまだあるので、あらためて紹介します。お楽しみに!

■紹介した各店舗の営業時間・定休日などは、それぞれのホームページでご確認ください。


早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。


■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。


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