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日本一小さな町のnote #06[食]

日本一人口の少ない町・山梨県早川町の魅力をお伝えするnote、今回もカメラマンの鹿野がお送りいたします。

さて、#02で食の話を綴りましたが、その続きです。前回紹介した鍵屋と並んで町外から、とりわけ遠方からの来客が多いのが、手打ち蕎麦と山の食 おすくにです。店名の通りそば屋さんです。山深い場所にあるそばの名店…というと老練あるいは仙人のような頑固職人を想像しそうですが、営んでいるのは鞍打大輔さん・佳子さんのご夫妻。さらに娘さんや大輔さんのお父さま、近隣の方々が手伝う、アットホームなお店です。地元の町民もふつうに食べに来ますし、僕も撮影で町を訪れるときの昼食は高い確率でここです。

奥さまの佳子さんは、町内の人たちも認めるそば打ちの名人。甲府出身で元は新聞記者。そばが好きすぎてそばどころとして有名な富山県利賀村(現・南砺市)で修行したり、そばを食べる習慣のあるネパールまで足を運んだり…。以前は町内の別のそば屋さんを任されていましたが、自分のお店を持ちたいという夢を叶えるべく2019年、自宅の横でお店を始めました

そしてご主人の大輔さんの経歴もまたユニークです。大学で建築学を専攻。大学院時代は研究のため早川町に通い続け、町の地域振興を担うNPO法人・日本上流文化圏研究所(上流研)に就職しました。佳子さんとはそこで職場結婚。余談ですがこの上流研が写真を通した町おこしを企画。写真家を探したところ、当時町内の七面山を撮り続けていた僕に行き当たったのです。写真集『日本一小さな町の写真館』の撮影には4年ほどかかっていますが、情報提供から取材交渉まで、当時事務局長だった大輔さんには本当にお世話になりました。

そんな大輔さんも、佳子さんの独立開業に合わせて惜しまれつつ上流研を退職。もともと町内に増え続ける空き家を活かしたいという想いがあり、自宅のすぐ奥にあった築100年の空き家をリノベーションし、一棟貸しの宿月夜見山荘を始めたのです。

開店前の朝、佳子さんがそばを打ち始めます。使うのは希少な在来種のそば粉。わずかなつなぎを加え、細めに切っていくことで歯応えが増し、風味や甘みも強く感じられるようになります。

一方の大輔さんは“山の食”担当。山菜や野草を摘み、鹿を撃ち、魚を釣ります。おすくにはそばももちろんおいしいのですが、炊き込みご飯や天ぷら、あるいはそばの具として供される山の幸が、口にすると文字通り多幸感が広がります。僕は山菜はどちらかといえば、というかどちらでもなく苦手なのですが、ここの山菜は別。東京で食べているアレは何なんだ? 本当に同じ山菜なのか? というくらい本当に別です。

11時半にお店を開けると、それまで静かだった山裾に一台、また一台とお客さんの車が。気がつくと店内は満席、というのが僕も客としてよく見ているおすくにの光景です。そして昼からお酒を飲んでいる人が多いのも特徴。僕はいつも車なので飲みませんが、飲みたくなるメニューがいっぱいあるのです。そして月夜見山荘に泊まると、思う存分食べて飲めるというわけです。月夜見山荘の話もしたいのですが、とんでもなく長文になってしまうので、それはまた別の機会に…。

厨房でも鞍打さんご夫妻は息の合ったところをみせます。佳子さんが天ぷらをいい具合に揚げた頃、大輔さんがそばを茹で始めます。茹で時間は45秒。さっと水で締め、素早く盛り付け。この茹でたり締めたりする水が、当然ながら早川なのできれいな水なのですが、そばをおいしくする要因のひとつかなと思います。

おすすめは揚げたての天ぷらと、茹でたてのそば、そこに炊き込みご飯が付く「季節のご飯と天ぷらセット」。あるいは山の幸をあれこれ食べてみたいという方は、1.5人前のそばを3種類の具で楽しめる「はやかわ割子」がよいかもしれません。

上の写真は人懐っこい看板犬のモク、おすくにの上に立つ月夜見山荘、そしてそのテラスです。おすくにのメニューや営業情報(月・火・水が定休日ですが、祝日の場合は営業)、月夜見山荘についてはFacebookInstagramをご覧ください。


話は変わって、“食”というか“飲”のことも。山梨県といえば日本屈指のワインの産地。早川町でも南アルプスふるさと活性化財団が「恋紫」という銘柄の赤ワインを、1998年から発売しています。醸造こそ甲州市のメーカーに委託していますが、原料は早川町産100%。地元原産の山葡萄とカベルネ・ソーヴィニヨンの交配品種、ヤマ・ソービニヨンが用いられています。

というわけで以前、薬袋(みない)集落のブドウ畑で撮影した収穫の様子を。「恋紫」は僕ももちろん何度も飲んでいますが、一般的な赤ワインとはだいぶ違い、甘みと酸味が印象的。とても野性味のある呑み口です。観光案内所も併設した南アルプスプラザや、早川中学校前の麓の直売所で販売しており、720mlのボトルで2420円。近年は獣害などもあり、収穫量=生産本数が少ないため、毎年11月の発売開始から2か月ほどで完売してしまいます。

また個人的に「恋紫」よりも推したいのが、ヤマ・ソービニヨン100%の「山葡萄ジュース」。こちらも720mlのボトルで2420円と、ジュースとしては高価なのですが、びっくりするくらい濃厚です。これを炭酸水で割ると実にうまいグレープソーダになり、5歳になる僕の息子もハマっていました。#2で紹介した鍵屋のメニューにもあります。あとゼリーを作るのもいいと思います。

古くから早川町には焼畑の文化もあり、雑穀など土地に合った農作物を育ててきました。昭和30年代までは交通事情も厳しく、多くの食糧を自分たちでまかなっていたのです。大島集落で栽培されている島根(とうね)芋もそのひとつ。粘り気が強い里芋の一種で、町では正月の縁起物とされてきたほか、茎を乾燥させた芋茎(ずいき)は保存食として重宝されてきました。

写真上は土から掘り返したばかりの島根芋。そしてそうした農作物が買えるおばあちゃんたちの店、通称“おばみせ”です。元は地元のおばあちゃんたちが始めたそうですが、今は農業を通して早川町の活性化に取り組むNPO法人・早川エコファームが運営。土日のみの営業ですが、メイド・イン・早川のさまざまな農作物を売っています。

ただし、季節やその日の収穫量にもよりますが、おおむね開店と同時に品物がどんどん売れてしまいます。奈良田の温泉に行く方などは、つい「帰りに寄るか…」と思いがちですが、間違いです。行きに寄ってください!

それから毎年5月3日に行われる南アルプス早川山菜まつり、44回目を迎える2024年も盛大に行われます。上の写真はたしか2014年か2015年だったと思いますが、こちらも早川の特産品がずらりと勢揃いします。やはり山菜は早めに売れてしまうので、ご来場はお早めに!

詳細は下のポスターをどうぞ。



早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。


■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。


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