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仕事をはじめて1年経った。仕事ってなんだろうって考えている。


2020年の3月2日に引っ越しをして、3月3日に今の職場にはじめて出勤した。

Facebookの思い出機能で引っ越しの時のストーリーズがタイムラインに出てきて、「ちょうど1年経ったなあ」と感慨深さがあった一昨日、昨日。

いまの業界的には2月の頭から契約更新をするのがスタンダードなので、「2年目」が始まってすでに1か月経っているわけだが、自分の場合は1年目のスタートがずれていて、「1年経った」と感じるのはやっぱりこのタイミングだった。


学生から社会人と呼ばれるようになって、1年間仕事をしていくと「仕事ってなんだろう」と感じ始めた時期があった。というのも、僕らは会社やクラブに所属しているが、業務委託を受けている個人事業主なので、本来は仕事を自分で作ったり、自分で得て生計を立てていく人種なのだ。

仕事を増やして、稼ぎを増やしていく必要がある。


経験がないのでただのイメージだけど、会社員(大きめの企業)だったら職場に出勤してする何かや職場のタスクをこなすことが「仕事」で、それ以外はプライベートや趣味というように、わりと線引きがはっきりしているのかもしれない。


ただ僕の場合、今の仕事や働き方的にその線引きはすごく曖昧なように思っていて、なんでも仕事と言えてしまえそうで、でもいまの職場であるサッカークラブでしていることと、それ以外で自分でやっていることはやっぱりレイヤーが違うような気がしている。仕事の幅を広げたいだとか、もっと仕事を受けて稼ぎを増やしたい(今の収入は正直に言って良くない)と考えた時、「自分は何を仕事と呼べるのか」という問いに行きつく。


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「『仕事』とはなんだろう」「何を『仕事』と呼べるのか」を考える時、仕事以外の活動(まだ仕事とは呼べない活動)についてもセットで考えることになると思う。この仕事以外の活動を『趣味』と呼んでみる。


自分の認識として何が『仕事』で、何が『趣味』なのか。

いまの自分で言うと、サッカースクールで子どもたちとサッカーをするのは『仕事』だと思っている。他にもクラブでイベントを開催することやクラブの事務作業をすることも『仕事』だ。一方でいま、この文章を書いているのは『趣味』だ。一眼レフで写真を撮るのも『趣味』だし、好きな音楽を聴いたり、コーヒーを飲む朝活会を催していることも『趣味』だ。

僕の例は世間的にはマイノリティだと思うので、わかりやすく大きい企業に勤める友人を例にしてみると、彼が出社してクライアントに対するコンサル業務や営業をしたりするのは『仕事』で、近所の素敵なお店のレビューをInstagramにアップしているのは『趣味』だ。Clubhouseで仕事やキャリアについてまじめに話しているのも(おそらく)『趣味』だ。


僕がそういうように認識している基準はなんだろう。

友人が「お金が生まれているかどうかじゃない?」といった。なんとなくわかるけど、基準としてはあいまいな気もする。まず、どれくらいお金が生まれていたら仕事と呼べるのか。それ1本で生活を賄えたら『仕事』と呼べる?1本じゃ無理だけど5本くらいで生計が立つならひとつひとつは『仕事』のような気もする。

ちょっとでもお金が生まれているならそれは仕事だよ、ということなら今書いている文章も月額300円の売り上げがあるものなので『仕事』と呼べるだろうか。

うーん。僕はまだ『仕事』とは呼べないなあと思っている。

朝活イベントも参加費収入はあるけれど、額も小さいしこれは『趣味』の域を出ないように思う。

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この認識の基準は人それぞれだし、あくまで条件の一つだという前提で、いまのところ僕の中でしっくりきているのが、「誰かに頼まれて(お願いされて)やっているかどうか」だ。

僕の場合は会社との業務委託契約書があって、そこに会社側が僕にやってほしいと思っている仕事が書いてあり、そこに双方がサインをすることで契約が成立し、それにもとづいてやることは『仕事』といえる。僕が会社に「頼まれている」という構図がそこにある。

明確に明記されているわけでなくても、僕が今所属する職場で『仕事』だと思ってやっている仕事は、会社かあるいは同僚の誰かしらに頼まれていることだ。職場全体のパフォーマンスを上げることも、潜在的に求められていることのはずだから、それに向けて取り組むことは自発的なアクションであっても『仕事』と呼んでもいいと思う。

一方で僕が文章を書くことは、基本的に誰にも頼まれていない。自分が好きで書いている。ありがたいことにたまに書く有料記事を購読している方がいるのでちょっとだけお金が生じているが、やっぱり『趣味』の域だ。

ふと気になって、「サッカー選手 趣味」でGoogle検索するとこんな記事が見つかった。


ドイツ代表のクローゼの趣味は釣りらしい。ブラジルのネイマールはポーカーだとか。

サッカー選手はサッカーをすることが仕事だ。クラブが彼らにプレーすることを頼み、報酬を支払ってる。誰かに頼まれてやっている。一方で、(おそらく)釣りもポーカーも誰かに頼まれてやっていることではない。自分が好きだからやっているのだと思う。

好きで言うとサッカーも当然好きだと思うが、彼らにとってサッカーは『仕事』で釣りやポーカーは『趣味』だ。

ところで先ほど例に挙げた大企業に勤める友人にとっては、サッカーは『趣味』だ。好きで、誰に頼まれるわけでもなく自発的にやっていることだ。


空想が過ぎるかもしれないけれど、もし、クローゼがテレビの釣り番組でレギュラーになったら?ああ、これは『仕事』だなあ。ネイマールが、ポーカー大会のアンバサダーに就任してそこにメディア露出や報酬が生じたら?これも『仕事』になっている気がする。


僕の場合も、もし誰かに「こういう文章を書いてほしい」とお願いされてそのメディアに寄稿するのであれば、それは『仕事』になると思う。何かのPRを依頼されてnoteを書いてもそうだと思う。誰かに「地域の活性化やコミュニティ醸成を促進してほしい」とお願いされて朝活イベントにスポンサーがついたら、それは『仕事』と呼べるかもしれない。

やっていること自体はあまり変わらないかもしれないけれど、「頼まれる」とか「お願いされる」という一線を越えると、『趣味』が『仕事』になるのではと思っている。

数少ないお願いされて書いたnoteの一つがこれで、ここに金銭的な対価は生じなかったけど、これは(あくまで自分の気持ちの問題として)『仕事』と思って一生懸命書いた。「書いてよ」とお願いされたのが初めてで嬉しくって、一生懸命書いた。


同じようにインタビューをしたnoteだけど、こっちはただただ自分がやりたくて書いたものでこれは気持ちの上でも『趣味』だと思っている。めちゃくちゃエネルギーをかけているが『趣味』の域。


この2つと違って、このnoteやこれを収録しているマガジンは有料で売り上げが発生しているが、これも(まだ)『趣味』だと思っている。

まだほとんど趣味だけど、僕にとって「文章を書くこと」は、遠くないうちに『仕事』にできるといいなあと思っていることの一つではある。

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書いていて「今日のは読みにくい文章だなあ」と思うのだけど、いまのところ趣味なのでたまにはちょっと勘弁してほしい、と甘えを言ってみる。今日は、この数十分後には出勤してミーティングがある。『仕事』が控えているからじっくり推敲することもなく早足で書いてしまっている。


話を戻すと、「仕事を増やしたい」と思っている今日この頃だ。(そして稼ぎを増やしたい。)

今の職場でサッカーコーチをしたり広報の仕事に携わったりミーティングの設計をしたりすることに加えて、こうやって文章を書くことも、誰かの相談に乗ることも、映像を作ることも、場づくりやまちづくりに関わることもなんとかうまく仕事になると良いなと思っている。


『仕事』にしたいことを、「だれかに頼まれる状態」にもっていくにはどうすればいいかと悶々と考え、探りながら動く1年になりそうだ。


ここまで書いていまさら、『仕事』が『仕事』たり得る条件って、やっぱり今日書いたものだけには収まらないなあと思っている。

Youtuberが案件以外の動画をアップするのは仕事だろうか?本を自費出版して売り上げを立てる人は仕事をしていないのだろうか?コーヒー屋さんを誰に頼まれるでもなく自分で立ち上げた人はそれはどうだろう?

いや、どれもそこにはお客さんがいるから『仕事』なのか。


『仕事とは何か』

これは自分が思っていた以上に答えが見つかりづらい難解な問いなようだ。


最後の最後でブレブレで締まらないけれど、『仕事』をしてくるので今日はこの辺で。

仕事も趣味も、ひとまず楽しんでやれるのが一番だと思うね。今日もみんな、良い日になりますように。



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