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馴染んだ街、大人になりたいと思った日

エッセイマガジン傘はどこかに置いてきた
事実に基づいたフィクションみたいなノンフィクションを書きたいと思って、「自分語りエッセイ」をはじめました。
詳しくはこちら→「エッセイnote、はじめました」


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12月30日の朝は部屋に誰かしらいるのが、ここ2、3年の恒例になっている。

僕らは大学のサッカー部で4年間ともに過ごし、卒業の時に12月29日を同期飲みの日に制定した。同期は43人で1、2年目は9割以上、サラリーマン勢が地方に散らばりだした3年目ですら、8割を越す出席率は正直自慢だ。

大学院生としてこの街に残る僕の部屋には酔っ払った同期がなだれ込み、朝起きた時には去年は6人、一昨年はたしか7人か8人くらいが雑魚寝をしていた気がする。それが今年はというと、自分も入れてたったの3人だった。駅前のホテルをとった人が半分ほどいて、みんながちょっと大人に見えた。


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気づけばこの部屋には6年近く住んでいる。大学進学を機に実家を出て、最初の1年は大学が運営する、シャワーやキッチンが共用の学生宿舎に入居した。そして2年生に上がるタイミングで今の部屋に引っ越したのだ。学生宿舎は抽選で部屋が割り当てられていたから、自分で住む場所を選んだのはこの部屋が最初だった。

大学まで自転車で5分とかからないが、寝坊をして遅刻ギリギリな日に限って、なかなか変わってくれない大通りの信号に引っかって万事休すとなる、そんな立地。台所が広いのが気に入って決めた。

僕が通う大学は近くで下宿している学生がほとんどで、1年中合宿をしているみたいだった。うちには一通りの調味料と器具が揃っていたこともあって、この部屋ではよくみんなでご飯を食べた。ホットプレートに土鍋、カセットコンロ。関西の実家からもってきたたこ焼き器は、鉄製でなかなか扱いに手こずった。

みんなが来るから、徐々に食器が増えた。「ワインを飲みたい」といったやつがセリアで買ってきた重たいワイングラスは、3年くらい我が家に置きっぱなしだった。4年生になった頃にはもう、うちでお好み焼きをしたいという連中に鍵を渡しておけば、自分が家に帰ったころにはご飯ができていたこともあった。いつでも賑やかで楽しかった。ただし油が飛んだ部屋の片づけは、わりと面倒だった。


それから、6年も同じ部屋から大学に通うと道中のお店は大体行きつけになる。居酒屋、本屋、カフェ、定食屋。どれもこじんまりとして可愛らしいしつらえの店構えで、店主の方たちに随分と可愛がってもらっている。ローソンでさえ、店長やベテランバイトには「いらっしゃいませ」ではなく「お疲れ様」と声をかけられ、レジ打ちの合間に世間話をするようになった。

女性店長が切り盛りするポテサラと卵焼きがおいしい居酒屋には、一人でふらっと行くことが多い。他愛のない話から相談事までたくさん聞いてくれた。引っ越してから僕がふられた女の子は、ぜんぶ知ってたりする。

僕の「はじめての一人暮らし」は気心の知れた人たちに囲まれて、守られて、あたたかい記憶でいっぱいになっている。友達が近くに住んでいることも、親しい人のお店がたくさんあることも、僕の生活に楽しさと安心をくれた。


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居心地の良さは、時として毒にもなるらしい。

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