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僕の両親は最強だという話

エッセイマガジン傘はどこかに置いてきた
事実に基づいたフィクションみたいなノンフィクションを書きたいと思って、「自分語りエッセイ」をはじめました。
詳しくはこちら→「エッセイnote、はじめました」

たまに実家に帰ると驚くことがある。

すごく長い時間、テレビがついている。

朝起きた誰かしらがテレビをつけて朝の番組を観はじめる。そしてまた誰かしらが録りためた深夜番組の録画を観ている。食事の時もついてる時が多い。その良し悪しをここで問うつもりはないし、家族4人の会話はちゃんとあるのだけど、テレビはだいたいついている。


でもふと思い返すと、そういえば自分もテレビっ子だったなあと思うのだ。


一人暮らしを始めた時、部屋のサイズから大きいテレビは置けないと思ったから、いっそのことテレビのない生活をした。案外すぐに慣れるものだ。

少し広い部屋に引っ越してテレビを買っても、テレビをつける習慣は帰ってこなかった。一人暮らし8年目になって、相変わらずテレビの話題にはついていけない。連ドラ、いつから観てないだろうか。


これに限らず、一緒に暮らさなくなって変わった価値観なんていくらでもある。きっと新しい刺激に出会うことが多い僕の生活で、思考はアップデートを繰り返すし、実家にいた高校生の頃より、今の僕はさらに自由に生きている。


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両親に感謝している一番のことは、僕にいろいろな決断を委ねてくれていたことだ。進路に関しては特にそうだったようにおもう。我が家では3者面談は父の役目だったのだけど、先生が父に僕らの進路について意見を求めても、いつも「うーん。まあ、任せているんで大丈夫だと思います。」と言っている印象だ。

別に放任なわけじゃなくて、僕のサッカーの試合はほとんど観に来ていたし、AKB総選挙の結果について父と娘が話をできる食卓もなかなかない気がする。授業参観だって、両親で来ることが多かった。よく「お父さん、自営業とかなの?」と聞かれたが、ただサラリーマンが有給を目一杯使っているだけだ。

いつだって、2人は肯定と応援をくれていた。助言はあっても、何かに反対されたり「こうしなさい」と言われた覚えがない。そのこともあって、僕は決めたことを事後報告しがちなのだが、大学院を1年間休学しようと思っている時には、初めてくらい前もって相談をしてみた。たまに休学した話をすると「よくご両親が許してくれたね」と言ってくる人があるのだけど、

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