同僚だったおっさんのこと 4
この話には前置きがある。
前段に仕事の引き継ぎで揉めてたというのだ。
渡した資料から教えた通りに準備しないと次の段階には進めませんよ、という話をしていたのだけど、キャンさんは「大丈夫っす、だーいじょぶっすよ」(ほんとにこんな口調)を繰り返すばかりで、イラついていたわたくし。
ちなみに彼に引き継いだ仕事というのは、ちいちゃい自慢になってしまうが、赤字確定と言われた半年かけてやる入札案件で、社内の誰もやりたがらないために僕が押し付けられた仕事。
こつこつと3ヶ月かけて、まあまあ粗利が出せるレールを引いた途端、売上のないキャンさんが可哀想だから譲ってやれ、と言われた仕事。
当然僕はそれなりに面白くなかったのだけど、渋っていた一番の理由は売り上げが惜しいとかではなく「キャンさんに考えさせたら破綻する」と確信していたから。
でもってこの夜、キャンさんは自分の知りたかった情報を僕が出さなかったのが不満だったらしい。端的に言えば「いくらの売上が見込めるか」。僕は彼に、仕事の段取りは教えたが単価や原価の計算方法は教えなかった。出来高払いみたいなものだ。作ったものを納品した分だけ売り上げになる。単価や計算方法はあらかじめ僕が先方としっかり取り決めしてある。
だけどその算出方法を教えなかったのは別に意地悪ではなくて単にキャンさんのメモリ量が限界だったからだ。
キャンさんは複数新しいことを教えると、重要なやつから順番に忘れるという特性がある。僕は仕事に厳しい。同じことを二度したくないのだ。
で、引き継ぎの初っ端、全部をいますぐ説明してくれ、というキャンさんを突っぱね、順番に、ひとつずつ教えますよ、の姿勢を崩さなかったわたくし。まずは目の前の問題を片付けられるようになってからですよ、と一切の交渉に応じなかった。名医にお願いした癌の手術と違って、自分の手を動かさないとおわんないの。仕事は。
そんなこんなで第一回の引き継ぎの会が終わり、帰る支度でもしましょうかね、という段になってずいぶん馴れ馴れしく「あの件なんだけどやっぱりさあ」とさっきしたばかりの仕事の話を振ってきたキャンさん。
僕がぴしゃりと「言われたことをきちんとやったら教えますよ」と遮ったもんだから腹が立ったらしい。
なんか「なんでそんな態度なんだよ」というような意味のことを言いながら手帳を僕の前に叩きつけたのが発端。
マジギレといっても僕は手を出すまでにけっこうストッパーの段階があるので、今のはどういう意味かを尋ね、仕事関係の域を超えたことを確認し、謝るつもりがあるかを聞いて、さあ、殺そうと思ったところで別の人に止められたという話です。
このへんは別のとこでもちらっと書いたことあったっけね。実際、羽交締めにされたのは僕ではなく真っ赤になったキャンさんの方だった。
でもって止めに入ったガタイのいい部長が「まあ飲もう、のんでお互い心に溜まってることを吐き出そう!」といって僕とキャンさんを居酒屋に拉致し、無理やり同じテーブルにつかせるという軽い地獄絵図が始まったのであった。
そんなわけで貴重な、わたくしが「こいつ殺そうかな」となった晩の、わたくしの言動抜粋。
基本的に声を荒げることはなかったです。穏やかに、にこやかに、抑揚はそんなにつけずに。
この後のボーナストラックは「ハクゾースチャン煽ること」の話。
課金するかメンバーシップに加入すると読めます。キャンさんのシリーズは全9回予定です。
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