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【イベントレポート】大学発テック系スタートアップのハードシングス

スタートアップにとって、事業開発やチームづくり、資金調達は常に悩みの種とも言える存在です。

愛知県に拠点を置くパワーウェーブは、独自開発の無線給電技術でカーボンニュートラルへの貢献を目指すスタートアップです。電気自動車をはじめ、さまざまな電動機器に対し電界結合の技術を用い、大電力かつ広範囲に対して安定した電力の供給を実現していますが、テック系スタートアップならではの課題にも向き合ってきました。

豊橋技術科学大学の研究者だった阿部晋士氏と、銀行出身で起業経験を持つ種田(おいだ)憲人氏は、異なるバックグラウンドを生かしてパワーウェーブの事業を共に進めています。パワーウェーブに出資するインキュベイトファンドからゼネラルパートナーの本間真彦氏もお招きし、HAX Tokyoディレクターの岡島康憲と共に、大学の研究室からの起業・チームづくり・資金調達など、テック系スタートアップのリアルを語り合ったイベントの様子をお伝えします。

※ この記事は、2023年7月25日にMIRAI LAB PALETTEで開催されたイベントの内容を抜粋・編集したものです。

大学発スタートアップは熱意ドリブンで始めていい

種田氏:パワーウェーブは愛知県の豊橋技術科学大学発のスタートアップです。電動モビリティが停止している時はもちろん、動いている時にも使えるワイヤレス給電システムを開発しています。カーボンニュートラルに対するグローバルな需要が高まっている中、電気自動車をはじめ、ロボットやAGV(無人搬送車)に利用可能な技術として、実社会の中でワイヤレス給電が使われるシーンを増やすべく事業に取り組んでいます。


パワーウェーブのウェブサイトより引用

阿部氏:私は豊橋技術科学大学の波動工学研究室で無線給電を研究していました。経営の知識はまったくありませんでしたが、この技術を社会に広げるためには起業するしかないと思い、パワーウェーブを立ち上げました。

豊橋技術科学大学から既存企業の子会社以外でスタートアップが生まれた前例はなく、周囲からは「どうしてそんなに大変なことをやるのか?」と言われることもありましたが、それでもやっていくしかないというスタンスでした。

最初は右も左もわからなかったので、まずは地域の商工会議所が主催する「とよはし創業塾」に参加し、会社の立ち上げに必要な手続きを進めていきました。そこで自分の能力不足を感じ、ビジネスサイドの専門家が必要だと思っていた時に、スタートアップ支援のイベントで講演をしている種田と出会いました。その場で「この人だ!」と直感し、「こういうことをやりたいんだ」と直接話したことを覚えています。

種田氏:私はもともと三井住友銀行出身で、自分でも会社の立ち上げを経験しています。阿部に声をかけられ、未来を感じられる技術に惚れ込み、1年ほどかけて共同でパワーウェーブの設立準備をしていきました。

阿部氏:二人が揃った後も、会社を成り立たせるために人を集めていきました。その方法は、ひたすら信用できる人たちに声をかけていくというアナログなものです。これまでの人生で出会った、自分より頭がいいと思う人に声をかけ続け、足りない能力を補っていきました。

正直なところ、創業の初期段階では他人を評価する方法もわからなかったので、判断の軸にできるのは「自分のやりたいこと」を実現できるかどうかだけでした。同じ研究室で活動していた卒業生も集まり、今は12名で活動しています。


株式会社パワーウェーブ 代表取締役社長 阿部晋士氏

岡島:人材紹介会社などを使わず、ご自身の勘を働かせて仲間を集めていったのですね。自分よりも優秀な人を探して声をかけるのは、大学発スタートアップのチームづくりとしては重要なポイントのように感じたのですが、インキュベイトファンドの本間さんはどう思われますか?

本間氏:私はアカデミア出身の方が起業する際に、経営経験は不要だと思っています。研究者の方は地頭がいいし、阿部さんのように「私は就職しないでこの研究をやり続けたい」という熱意のある方は覚悟が決まっているので、後はその気持ちをどう事業につなげていくかが大事。会社のコアになるメンバーは信頼できる人同士で始めた方が良く、むしろ外部から内情をよく知らない経営者を連れてくることの方がリスクになると思います。

インキュベイトファンドとして投資を決めた際にも、技術的な専門性の高さとコミットメントの度合いを重視しました。パワーウェーブには技術を捨てきれずに就職できなかった阿部さんと、その熱意に動かされて加わった種田さんがいましたから、この二人と一緒に、事業としての勝ち筋を見出していくことに魅力を感じました。

技術で社会に変化を起こすためのステップ

岡島:事業開発をする際に、企業側の技術を優先するプロダクトアウトか、顧客のニーズに合わせるマーケットインかという議論は頻出します。大学発スタートアップとして、パワーウェーブは顧客や課題をどのように設定したのでしょうか?

阿部氏:研究のモチベーションになっていたのは、電気自動車の課題を解決したいという思いでした。走行中給電が実現すれば、バッテリーの効率が飛躍的に上がらずとも、電気自動車で行動できる範囲が大きく広がり、問題が抜本的に解決します。走行中給電を実現できる技術を探すアプローチで研究を始めたので、そういった意味では社会課題が最初にありました。

しかし、走行中給電の仕組みが確立したとしても、それを市販の電気自動車や高速道路などのインフラに搭載するまでには、制度をはじめ技術以外の課題が多く存在します。そうした制約を一つひとつ取り除き、実際に社会の中で使われるまで会社を成長させるためには、現状の技術でできることや、解決できる困りごとも探す必要がありました。

たとえば工場内で動くAGV(無人搬送車)は、休みなく走り続けたくても充電のために停止しなければいけないという、電気自動車と同じ課題を抱えています。見方を変えればコンパクトな電気自動車のような存在ですが、公道よりもスペースは限定的かつ利用者も限られているため、今のパワーウェーブと相性の良いターゲットとして定め、そこに向けたプロダクトを開発しようとしています。


株式会社パワーウェーブ 取締役副社長 種田憲人氏

種田氏:私が事業に関わり始めた頃、阿部が研究していた方式と他の方式の比較にかなりの時間を費やしました。本来であれば、競合比較も行わずに技術ありきの事業を始めることはないので、かなり特殊な状況だったと思います。一方で、技術を世に出すための会社を立ち上げたからこそ、解決可能な課題が見つかった側面もあるので、シーズとニーズのどちらが大きな社会的インパクトにつながるかという判断は難しいところです。


インキュベイトファンド 代表パートナー 本間真彦氏

本間氏:無線給電の技術だけではビジネスとして成り立たないので、どのようなプレーヤーと組んで世の中にリリースすべきかを、パワーウェーブの二人ともよく議論しています。

今は新しい技術を世の中に伝える意味でも、いくつか顧客ベースのプロジェクトが走っていますが、受託業務とはいえ本業と関係のないことをやっても仕方がありません。無線給電の技術でどのような価値が生めるかを探求するPoCのようなフェーズとして、お客さんの力を借りながら開発力を上げている状況とも言えます。

岡島:創業間もないチームが本業とリンクしない受託案件で食いつなぐケースはよく目にします。そこうした取り組みはチームが生き残るには非常に重要である一方で、それだけではVC目線でも決して魅力的には見えないと思うので、PoCのようなかたちで案件を受けられるのは理想的だと思いました。

種田氏:イベントのテーマに「ハードシングス」とありますが、我々はハードウェアスタートアップなので、創業当時から想像以上のペースで支出があり苦労しました。まとまった金額の業務委託はとてもありがたいのですが、これから自分達で製品化や社会実装を目指していく際に、どこまで周りに頼るべきかは悩ましいポイントです。今まで懇意にしてくださった方々との関係と我々が目指す未来との間で、どのようにバランスを取るか決断する必要があります。

阿部氏:研究者時代と今とでは、自分に求められる成果に大きなギャップを感じています。大学の研究では「できないことを、できるようにする」ことに価値がありましたが、企業の開発では「できることが当たり前」で、実現できなければ仕事になりません。成功したら大きな見返りがあるけれど、できなければ大変なリスクを抱えるような案件には慎重になりますし、経営者として頭を切り替えて判断する難しさは、研究者時代には想像していなかった悩ましいポイントです。

自治体やVC、大学からのサポートを活用する


HAX Tokyo ディレクター / ファストセンシング株式会社 岡島 康憲

岡島:最後にいくつか質問をさせてください。地方自治体や、インキュベイトファンドさんにはどのような支援をいただいているのでしょうか。

種田氏:豊橋はあまりスタートアップが生まれてきた街ではないので、とても期待されている感覚があります。自治体の方々は優しく接してくれますし、愛知県という土地柄もあって、ものづくりの文脈でも多岐にわたる支援があり、こちら側からの提案にも良い反応をいただけます。強いて要望を言うなら、行政はどうしても単年度で物事が決まりがちなので、開発期間のかかる我々のようなハードウェアスタートアップとしては、もう少しスケジュールに柔軟性をいただけると嬉しいです。

また、地方では共に業務に取り組むパートナーとの出会いが決して多くはありません。筐体を設計してくれるデザイン会社をはじめ、インキュベイトファンドさんがつないでくれた方々とのやりとりはずっと続いているので、出会いの場を設けてくれたことには助けられました。

岡島:大学発スタートアップでは知財の扱いも論点になります。知財を大学が買い取ることや、使用するためにお金が必要になるケースなども目にしますが、パワーウェーブの場合はどうだったのでしょうか?

阿部氏:私が発明者として関わってきた技術をもとに事業化しているので、大学側のスタンスは「阿部が事業に使うのであれば実施許諾を出せる」というものでした。研究室でも一般企業との共同研究に取り組んでいたので、そのあたりを理解している産学連携の担当者さんとも密に相談し、特許の扱い方も相談しながら進めていくことができました。


研究室で培われた無線給電技術をもとに、社会を変えるための活動を続けるパワーウェーブ。

経営未経験から事業を立ち上げ、会社の仲間を集め、地方自治体やVCからの支援も引き寄せたのは、まぎれもなく創業者の熱意によるものでした。新しい技術が社会に浸透するためには多くの困難が伴いますが、時代のニーズを真摯に受け止めることで、着実に歩みを進めることができるようです。

(取材・撮影・文:淺野義弘/シンツウシン)


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