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戻る男

 男は20歳の誕生日を迎えた夜、今までの人生を後悔していた。
 まだ20歳だと周りは言う。しかしもう20歳、人生の4分の1は過ぎているのだ。高校でもっと勉強しておけば良かった。中学で好きな娘に告白しておけば良かった。小学生の間にもっと楽しんでおけば良かったと。
 「ああ、過去に戻りたい。」
 男はそう呟いた。時計が12時を回った。

 男はベットの上で目が覚めた。あれ、俺はいつの間に寝たんだ。昨夜の記憶を思い出そうとしていると、携帯にメッセージが届く。
『明日お前誕生日だろ?どっか行かないか?』
 友人からだった。
『俺の誕生日は昨日なんだけど』
『あれ、そうだっけ』
『というか昨日もそのメッセージ送って来たじゃん』
『は?寝ぼけてるの?』
 寝ぼけてんのはどっちだよ。と思いつつ、メッセージを上にスワイプすると、昨日のやり取りが跡形もなく消えていた。

 どうやら俺は過去に戻っているらしい。
 男は3日後、カレンダー上では3日戻った後に自分の身に何が起こっているかを把握することができた。時計が12時になれば本来進むはずの明日にではなく、前日の起床時に戻される。
 そして何よりも重要だと理解したことは、その日起こった出来事が、次の起床時には影響を及ぼさないのだ。
 つまり、友人に自分が置かれている状況を説明しても、次の朝には友人はなにも知らない。
 これを利用すれば、例えば金が欲しい場合、予めギャンブルの結果を調べておけばその日に使いきれないぐらいの金が手に入る。といってもその逆もしかりで、日付が変われば儲けた分はなかったことになるのだが。
 酒やタバコをいくら吸っても体に害はない。男は違法な薬に手を出した。
 興味本位から犯罪もしてみた。万引き、不法侵入、器物破損。ある日12時を回る直前に友人を呼びだしてバットで殴った。だが、当然次の日にはなかったことになっていた。

 やがて男は10歳の誕生日を迎えていた。
 早く寝ろと親に言われる。適当に誕生日だから、と返事をしうるさい両親を黙らせる。
 最近は不自由になってきた。学校や家を抜け出しても、店には入れないし、警察に見つかれば何度も聞いた説教をされる。
 だが、この巻き戻った10年間やりたいことはあらかたやりつくした。
「そろそろ、時間が進んでもいいかもな。」
 少年は歪んだ笑みを浮かべながらそう呟く。 
 時計は12時を回る。

 男は固い床の上で目が覚めた。だが視界はぼやけ、体が思うように動かない。誰かが周りで喋っているのが聞こえる。
「おい、こいつで間違いないか。」
「はい。しかし年齢の割に老けてますね。」
「こいつが人並みの人生を送ってきたと思ってるのか。10歳の誕生日に両親を殺害。千にも及ぶ罪を重ねてきた、間違いなく平成最悪の狂人だ。」
「しかし不思議ですね。こんなボロボロの体で今まで捕まらなかったなんて。」
「午前0時1分、指名手配犯確保。」

 男は悟った。10年分の清算がやってきたのだと。
「今度は真面目に生きる。頼むからもう一度過去に戻らせてくれ。」
 そう叫ぼうとした。だが、なにが原因なのかも忘れてしまった潰れた喉のせいで声にもならなかった。

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