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駆け込み投稿

 とあるサイトのホームページでアナウンスが流れた。

「駆け込み投稿はご遠慮ください。締め切りを守り、デットラインの内側からはみ出ないように、余裕を持った投稿を心がけましょう。」

 コンテスト最終日、公式からの注意などお構いなしに人々はそのサイトに殺到する。彼らは次々と投稿物を車内に放り込み、満足そうに帰っていく。やがて彼らの作品を載せた電車は発信した。

 人々が過ぎ去った後で、清掃員の男が現れて言った。
「こんなに色々落としちゃってもったいない。」
 その男はホームに散乱した誤字と脱字を箒で掃いていく。

 やがて深夜の11時を過ぎた頃、くたびれた様子の人々がホームを埋め尽くしていた。そこに一人の青年が息を切らしながら走ってきた。
「何とか終電に間に合った。」
 彼はヨレヨレになった原稿を右手に持ち、左手に持ったスマホを確認してホッと一息つく。

 その時だった。ホームの明かりがバッと一斉に消え、辺り一面が真っ暗になる。
「サーバーが落ちたんだ!」
 誰かが叫んだ。それを聞いた青年の顔はスマホのブルーライトに照らされて真っ青になる。何度もログインしようとするも、エラーで先に進むことができない。

「あー詰まってるねえ。アイデアも人も。」
 誰もがパニックに陥った中で、一人だけ飄々と掃除をしているものがいた。どうやら服装から見てここの職員のようだ。青年は彼に詰め寄る。
「どうにかならないのか。この作品さえ投稿できていればグランプリは間違いなかったんだ。」
 清掃員は笑いながら答えた。
「原稿も落とせてなけりゃ、話しもロクに落とせてない奴が良く言うぜ。」
 青年はその言葉を聞いて真っ赤になり反論する。
「忙しかったんだ。だから仕方なかった。」
 男は青年のスマホをひょいっとひったくり、画面を軽くスワイプした。
「忙しかったねえ。先週末は随分とお楽しみだった様子だけど。」
 青年のSNSには楽しそうに友達と鍋パーティをする写真が載っている。
「それは...」
 彼は痛いところを付かれたようで返答に詰まった。

「余裕がない奴は視野が狭くなるんだよ。もっと周りを見渡してみな。」
 辺りを見回すと青年と男しかいなくなっていた。いつの間にかネットワークは復旧したようでホームには明かりが灯っている。
「コンテストってのは賞を取るためだけのものなのか?確かに、決められた期間で決められたお題とのにらめっこだ。だが、競い合ってるのは自分のモニターの中だけじゃないだろ。そんな様子じゃ、他人の作品を読む暇もねえ。」
 男は青年にスマホを返した。その画面を見てみると、青年が応募する予定だったコンテストのハッシュタグが並んでいる。

「そう焦るなよ。ほんの一駅分進むのが遅れただけだ。幸いなことに時間を潰すことのできる作品はたっぷりとある。ここは環状線、チャンスはまたすぐに巡ってくるさ。」

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