外為特会の基礎⑨:外為特会が有する外貨資産の活用とチェンマイ・イニシアティブ

前回に続き、外為特会の話を記載します。以下では下記を前提とします(必要に応じて加筆修正します)。

外為特会の基礎①:外為特会のBSと為替介入|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎②:運用の概要|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎③:外国為替資金証券(為券)について|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎④:日本には非不胎化介入は存在しない?|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑤:為替介入規模の推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑥:外貨準備と外為特会の違い|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑦:国債整理基金特会との関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)
外為特会の基礎⑧:IMFとの関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)

チェンマイ・イニシアティブ(CMIM)は、アジア通貨危機を踏まえて、ASEAN+3の枠組みで、各国間で外貨を融通する仕組みです。アジア通貨危機から説明すると話が長くなってしまいますが、アジア通貨危機が起きた一つの理由は、外国人投資家が急にASEANを中心とした国から資金を引きあげたことで、ASEANを中心としたアジアの国で外貨のファンディングができなくなったことです。この問題を防ぐため、各国で自ら外貨準備を積み上げるということを行ってきたわけですが、各国間で連携してこれに対処するというスキームがチェンマイ・イニシアティブです。チェンマイ・イニシアティブと呼ばれるのは、タイのチェンマイで合意がなされたことによります。

チェンマイ・イニシアティブについて、浅川元財務官は「通貨・租税外交: 協調と攻防の真実」で下記のように記載しています。

そもそもアジア通貨危機は、それまでの伝統的な経常収支危機とは異なり、資本の急激な流出に端を発する新しいタイプの経常収支危機でした。そうした点から、IMFの処方箋に対してアジア各国が不満を招いたことを背景に、域内に存在する豊富な外貨準備を活用してアジア自らの手で金融面の安定網を築いていこうという動きになりました。これがチェンマイ・イニシアティブなのです。

黒田東彦財務官のもとで、アジア通貨室長や地域協力課長として、チェンマイ・イニシアティブの具体化に向けて各国と交渉しました。まずは各国と2国間の通貨スワップ協定を結ぶことから始めました。黒田財務官から、とにかく1各国でも多く協定を締結せよと命じられて、いろんな国に交渉に行きました。通貨スワップ協定とは、危機が起きた国から要請があった場合に、その国の通貨と、要請を受けた国が外貨準備として保有するドルとを一定期間交換する仕組みです(p.148-149)。

チェンマイ・イニシアティブと外為特会との関係
上記の通り、ASEAN+3で、外貨の融通をするわけですが、日本政府は当然、外貨の出し手として期待されています。そして、日本政府が外貨の貸し出しをするうえで、外為特会が有する外貨の活用ということになるわけです。これを財務省は「外為特会が有する外貨資産の活用」と表現しています。特別会計ガイドブックでは、チェンマイ・イニシアティブについては下記の通り記載されています。

https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/special_account/fy2022/2022-kakuron-4.pdf


チェンマイ・イニシアティブの概要:バイラテラルからマルチ化
チェンマイ・イニシアティブは、当初は下記のような感じで、バイラテラルで資金融通がなされていました。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/financial_cooperation_in_asia/cmi/index.html

しかし、金融危機の経験等を経て、バイラテラルではなくて、マルチラテラルでの仕組みが必要であることが認識されました。その結果、2010年以降、下記のようなマルチラテラルの仕組みになっています(いわゆるチェンマイ・イニシアティブのマルチ化です)。例えば、篠原(2018)「リーマン・ショック 元財務官の回想録」では、「多数の地内参加国が単一の通貨スワップ取極に合意しマルチのメカニズムとすることで、参加国が保有する外貨準備を危機時に一斉に他の地域国に動員することが可能となった」(p.212)と整理しています(マルチ化の経緯は、篠原(2018)の第四章で細かく説明されているため関心がある方はこちらを参照してください)。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/financial_cooperation_in_asia/cmi/index.html

具体的な金額は下記の通りです。例えば、タイが資金が必要になったとしましょう。下記の図にある通り、タイの「引き出し可能総額」は227.6億ドルとなっており、この金額までなら引き出すことができるということになっています。一方、このファンディングのために各国が資金を出しますが、日本については、貢献額が768億ドルとなっており、この金額の範囲内で、貸出するという形が取られています。これは外為特会からの貸し出しという形が取られます。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/financial_cooperation_in_asia/cmi/CMI_2104.pdf


上図における貢献割合を見てもらうと、ASEAN+3の中でも、日中韓の貢献割合が8割と大きく、また中国と日本がそれぞれ32%となっており等しくなっています。韓国は16%となっています。

上記のようにチェンマイ・イニシアティブはマルチ化したわけですが、バイラテラルの仕組みも今でも残っています。具体的には、ASEANの大きな国+インドについてバイラテラルで通貨スワップの取り決めをしています。神田(2021)「図説 ポストコロナの世界経済と激動する国際金融」では、「二国間金融協力の一環として、二国間通貨スワップ取極(BSA: Bilateral Swap Arrangement)がCMIMを補間する位置づけとして進められてきている」(p.239)と指摘しています。

下図がその詳細をみたものですが、例えば、タイにファンディングが必要になったら、「スワップ額」として記載されている30億ドル相当のドルを数か月単位で融資するという形が取られています。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/financial_cooperation_in_asia/bsa/bsa.pdf

ちなみに、チェンマイ・イニシアティブは創設以降、筆者の理解では、未だ発動されていません(つまり、だれもこのスキームで外貨の借り入れをしていません)。未だ引き抜かれていない伝家の宝刀ともみれますが、そもそもアジア通貨危機以降、アジア各国で自ら外貨準備をself insuranceとして積み上げてきているため、その必要性が相対的に減っているとみることができます。その一方で、こういう仕組みがよりシステムの安全性を担保しているとみることもできるため、使われていないから意味がないということにはならないともいえます。

IMFデリンク割合

なお、チェンマイ・イニシアティブには、IMFデリンク割合というものがあります。これについて、浅川さんの書籍では下記の通り説明しています。

危機を収束させるための政策パッケージを作成するプロセスを経ないと、安易な救済につながり、危機も収束しないおそれがありますから。これに対して、チェンマイ・イニシアティブにはこうしたサーベイランスやプログラムの作成機能が十分に備わっていなかったのです。したがって、チェンマイ・イニシアティブの具体的な運営に当たっては、IMFのサーベイランスや政策提言機能にある程度頼らざるを得なかった。結果として、IMFのプログラムが作成されていない場合には、チェンマイ・イニシアティブで用意した資金枠の10%のみ供与するというルールにしたのです。この比率をIMFデリンク割合と呼びます。アジア地域の金融協力の枠組みといいながら、全体の90%の資金は、IMFと当該国とのプログラム作成を待ち、IMF自身が出す資金と調整しながら供給される形になります。この点にASEANは不満でした(p.142)。

なお、このIMFデリンク割合は下記の日銀のウェブサイトの説明にある通り、徐々に引き上げられています。

2014年(平成26年)の改訂を受けて、引出可能総額が倍増されるとともに、IMFデリンク割合(引出可能上限額に対して、IMFプログラムなしで発動可能な割合)が従来の20%から30%に引き上げられたほか、新たに危機予防機能も導入されました。
2020年(令和2年)には、(1)IMFデリンク割合の30%から40%への引き上げ、(2)融通する通貨としての現地通貨の活用、(3)参照金利となるLIBOR廃止ほかその他技術的論点への対応といった事項に関して、合意がなされました。

チェンマイ・イニシアティブ(CMI/CMIM)とは何ですか? : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)

ちなみに、浅川さんの書籍の第5章で、チェンマイ・イニシアティブに係る色々な話題が言及されており、大変面白いので、この部分に関心がある人はぜひ同書を参照してみてください。



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