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紅/葉/鳥


 紅葉鳥と書き残して消えた。彼女との3度目の新生活をはじめてふた月が過ぎたある日の夜だった。前回は失踪まで半年、その前は1年だったので、徐々に失踪のサイクルがみじかくなっていた。
 毎回必ず自身の潜伏場所のヒントを残していくので、はやい話が「わたしを探してねキャッチミー・イフユーキャン」ということだ。
 困ったパートナーだ、と思いつつ黒瀬は電気ケトルのスイッチを入れてお湯を沸かす。おそらく先日一緒に歩いた公園の近くだろう。諸々のリスクを考えると、線路沿いの茂みの中かもしれない。
 今住んでいるマンションから車で1時間以内で行ける場所なので、日付が変わるまでには、なんとか連れ戻すことができそうだ。黒瀬は2人分のマグボトルを用意すると、少しだけ冷ましたカフェインレスコーヒーを、その中に注いだ。

 時刻は午後10時過ぎ。天候は晴れ。南西からの風は生温かく、暦のうえではもう冬だというのに、セーターの上からコートを羽織っていると軽く汗ばんだ。
 車を停めた駐車場の隅に、鍵のかかったジュラルミン製の旅行カバンが落ちていたので、素手で無理やりこじ開けてみたが、中に入っていたのは人体と同程度の重さの衣類や雑誌類だった。
 線路沿いに等間隔で設置された街灯のわずかな光だけを頼りに、彼女の潜伏先として目星をつけていた場所に向って歩いていた黒瀬は、彼女の一部と思しき血まみれの右足を見つけると、あきれながらそれを拾い上げた。

 ああ、今回はこのパターンか。そういって軽くため息をつくと、黒瀬は拾った右足をコートのポケットに入れ、手首カーパルス前腕ウルナ、と、茂みのまわりに点在する彼女を拾っていく。
 茂みの中で”うつ伏せ”になっている頭部クラニアムを両手で拾い上げると、彼女は笑いをこらえるように両目を閉じていた。

 「今日は轢殺風? どうやったの?」
 「ひみつ」

 血まみれになったコートを着せてやって、車まで戻ってくると、彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべながら、次はあなたの番ねといった。
 自分は前回どうやって死んだだろうか、と考えたがすぐには思いだせなかった。たしか、敦賀湾か東尋坊あたりまでいったような気がするから、溺死だったのかもしれない。
 前回の自分の死に方を思い出していると、助手席に座る彼女が、コーヒーの入ったマグボトルを見つめながら、あっと声をあげた。

 「ごめん、親指を忘れてきちゃった」
 「どこに?」
 「公園のベンチのうえ」
 「なんで、そんな目立つ場所に置いたの」

 黒瀬はため息をつきながら、いちど点けた車のエンジンをとめた。


 おわり。
「紅葉鳥と書き残して消えた」というフレーズが浮かんだので、失踪ものにしようと思ったら、なんか変な方向に話を進めてしまった。

わたしの活動が、あなたの生活の一助になっているのなら、さいわいです。