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赤帽、手廻品運搬人。

 Amazonの購入履歴によると、わたしが『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』を手にしたのが、今年の10月6日ということらしい。

 読む時間をつくって集中して読む本としてではなく、夜寝る前の数分間や、何かの作業の合間のちょっとした時間をつかってちょっとずつ読んでいく本として購入したものだ。
 現代では無くなってしまった仕事や、ほとんど従事者のいなくなってしまった仕事を、1、2ページほどの短い文章で紹介している本なのだけれど、わたしは読みはじめて1日で、さっそく興味が別の本にうつってしまった。

 山崎明雄著『思い出背負って』は、前述の『昭和の消えた仕事図鑑』で、参考文献として紹介されていた本だ。
 著者の山崎氏は、東京駅で40年以上も「赤帽」として仕事をされたかたで、自身の赤帽人生を振り返って書かれた自伝が、この『思い出背負って』である。

 この「赤帽」というのはあくまでも通称で、正式には「手廻品てまわりひん運搬人」という。駅の構内入口から、待合室や列車の中まで、乗降客の荷物を運ぶのが彼らの業務だ。
 特殊な点は、駅構内が職場でありながら「駅職員」ではなく、構内での営業を特別に許可された民間業者(つまり、個人事業主)である点だ。
 個人事業主であるため、年金や保険等はすべて自分で管理しなければならないし、万が一運搬中に荷物を落としたりなどして傷をつけてしまった場合、自腹で弁償しなくてはならないという、非常にストイックな仕事だ。

 「荷物を運ぶ」という点だけみると、「沖仲仕」や、江戸時代の「駕籠かき」のような腕っ節の強い荒くれ者たちの集団を想像するが、それらとはまったく異なる。
 沖仲仕については、岡田斗司夫ゼミの『コンテナ物語』の回がわかりやすい。

 駕籠かきについては、氏家幹人氏の『サムライとヤクザ』が詳しい。

 赤帽こと手廻品運搬人が、ほかの「荷物を運ぶ仕事」と異なる最大の理由は、「組合員之證」という営業許可証がなければ、赤帽として仕事をすることができないという仕組みからくる。しかもこの組合員之證(通称「株」)、運転免許証などのようにテストをパスすれば簡単に手に入るようなものではなく、家族や親せきなど血縁者のなかにすでに赤帽として働いている人がいて、その人が引退するか亡くなるかして譲渡してもらわなくては、この組合員之證は手に入らないようになっているのだ。

 著者の山崎氏も、もともとは大正製薬への就職が決まっていて、そのための上京の準備をしていたタイミングで、赤帽として働いていた母方の祖父が亡くなり、とつぜん組合員之證がめぐってきたのだという。

 他人様の荷物を預かる商売なので、身許が確かでなくてはいけないし、誰もが希望すれば、就業できるものではないということです。

『思い出背負って』p.41

 つまり「組合員之證」と書かれた株は、ここで営業ができるという許可書なのです。それは、組合員としての身許保証書でもあるのです。東京駅に赤帽組合ができて以来、新規補充は仲間の縁故者にしぼってきたわけは、ここにあるのです。
 会社組織ではないので、身許を明らかにする履歴書を預かる部署がないのです。お客さんの荷物を持つのに、問題のある人物では困るわけで、株がその安全弁になっているのです。

『思い出背負って』p.64

 それゆえ、利用者からの信頼は非常にあつく、常連客には有名な役者や音楽家をはじめ、政治家や国賓、皇室関係者もいたという。
 いろんな人を相手にする職業なので、苦労話や心が温かくなるような話など、様々なエピソードが紹介されているが、わたしが個人的に好きなエピソードは、「(テレビの取材をうけ)テレビに出演しているわたしの働く姿をみた勉強嫌いの次男が、こんな仕事を継がされてはたまらないと、急に勉強をしはじめた」というエピソードで、思わずクスリとしてしまった。

 今回は、「赤帽」という職業について、ここ数日つかって調べたことを記事にしてみた。わたしは生まれも育ちも九州の田舎で、そもそも東京駅に行ったことが、今まで生きてきたなかで一度もないので、「東京駅でのエピソード」というだけで、読んでいて非常に楽しかった。
 まして、「赤帽」という、一般的なサラリーマンとは違う、ちょっと特殊な職業から見た社会の見え方や人生観からは、普段なんとなく生きているだけでは得られないような発見や学びがえられる。
(何年か前に、大塚明夫氏の『声優魂』を読んだ時も、同じような学びがあった)
 最後に、最も印象に残った部分を引用して、記事を終わろうと思う。

 社会は、さまざまな分業がなされていかなければ、機能していかないものです。赤帽もその一翼を担っているのですから、卑下する必要はまるでないわけです。
 要は仕事の内容や収入よりも、その場で自分がなにをできるか、自分のしていることが社会という大きな器のなかのどこに位置して、どう機能しているかを、きちんとわかることだと思うのです。

『思い出背負って』p.99

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