男は幸せにならなくていい ~弱者男性の生きざま~
昨今「弱者男性」というネットスラングを頻繁に見かける。
その意味をなんとなくでも知っている人は多いと思うので詳しくは説明しないが、要は社会的に弱い立場にある男のことを指した言葉だ。
・お金がない。
・容姿に難点がある。
・ブラック企業に勤めている。
・女性にモテない。交際経験がない。
イメージとしてはこんなところだ。
こうした男性の苦しみが世間一般になかなか理解されない(受け入れられない)ことに対する抗議の声が、ネット上に蔓延っている。
以前の記事にも書いたが、「幸せ」という不可解な言葉がある。
正社員として就職して、結婚して子供を授かって、持ち家やマイカーを手に入れて・・・。日本は特にそうした幸せ信仰が強い。
だが、時代は確実に変わってきている。若者の恋愛離れが話題になるように、生涯未婚者は年々増加しているし、コロナの影響で働き方も変わりつつある。
それでも、我々の親の世代は幸せ信仰の持ち主なのではないかと思う。それがプレッシャーの一端となっているのかもしれない。
以下、弱者男性に寄り添った発言をする。
親の言うこと(圧)は気にしなくていい。
過ごした時代も価値観も人生経験も、すべてが違う。少し距離の近い他人という程度に捉えるのがベターだ。あなたはいい歳をしてマザコンなのですか。違うでしょう。
更にもう一つ、重要な話をする。
男は幸せにならなくていいのだ。
第二次世界大戦では、多くの青春真っ盛りの男たちが国のために死んだ。まだ80年も経っていない、そう遠くない過去の話だ。それに比べて、物価高とはいえ今の時代の平和で恵まれていること。
大局的に物事を見て判断して欲しい。
男に最悪があるとすれば、それは自殺くらいしかない。自殺以外のことは少なくとも最悪ではない。ちょっと給与が低い、ちょっと上司とソリが合わない程度のことを最悪とは言わない。それを最悪と連呼する男は器量が足りないと言われても致し方あるまい(と私は思っている)。
繰り返しになるが、男は幸せにならなくていい。一時の快楽と楽しみに生きればそれで良い。
日雇い労働で丸一日働いたあとのビールは、最高に美味しいと思う。それで充分ではないか。男女問わず欲を掻く姿は知性的でなく醜い。無論、先に述べたような幸せを追い求めたい男は、思う存分追い求めれば良いと思う。この記事は弱者男性に焦点を当てながら書いているので、勘違いしないで欲しい。
幸せとはひどく退屈で窮屈なものだ。
幸せは男を丸く収めてしまう。幸せを手に入れて、丸く収まった男はつまらない。「そんなに幸せを追い求めることがダメなのか」と反感を買うかもしれないが、私は弱者男性を慰めるというか、「こんな生き方もあるよ」と提案しているのである。イソップ寓話の酸っぱい葡萄ではない。繰り返しになるが、そこは勘違いしないでほしい。
最後に。
そんな弱者男性に、ぴったりの本を紹介する。
『北斗の拳』で有名な武論尊さんの『下流の生きざま』という本である。
「(主人公の)ケンシロウのように強い男になれなくてもいい。しぶとく生きろ」と説くする男のための生き方の指南書である。私はこの本にずいぶんと励まされた記憶がある。
非常に面白いので、是非手に取って読んでみて欲しい。
ちなみにこの記事、商品紹介を目的とした記事ではありません(笑)。