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知らなかった祖父のあれこれ

相続手続きで必要だったので、母方の祖父の戸籍謄本を取った。
出生から死亡まで、全部の事項が記載しているもの。
それなりの枚数で、結構厚みがある。
文字と言えば読んでみたい私としては、目を通さずにはいられなかった。

お恥ずかしながら私、祖父の誕生日も、生まれ年も知らなかった。
祖父はどちらかというと寡黙で、会話はほとんど祖母とばかりしていたから、にこにこ笑ってこっちを見てるイメージしかない。

命日も知らなかった。

晩年は何年も入院していて、意識がない期間もかなりあった。
「もうそろそろ危ないです」から「奇跡的に持ち直しました」を繰り返したものだから、最終的に「今度こそ」のとき、私は立ち会っていない。
お葬式も出ていない。
埼玉と鹿児島の距離って、それなりに遠いのだ。

だから、気が付いたら祖父は亡くなっていたような感覚だった。
最初にお墓参りをしたときは「ああもう会えないんだ」って悲しくなったんだけど、具体的にじゃあいつ亡くなったのかって考えることはなかった。
時間が経つにつれて、改めて聞くのもなんだかなあと思って、そのままになってた。

戸籍謄本に、全部載ってた。

命日はもちろん、昭和十年生まれだったことも、誕生日も。
私は全然祖父のことを知らなかった。

祖父母の父(私にとっては曾祖父)の名前も、母(私にとっては曾祖母)の名前も知らなかった。
祖父に早世した兄がいたらしいことも、戸籍謄本で初めて知った。
これは娘である母たちも知らなかったらしい。
戸籍謄本で「三男だった」という事実を知り、驚いていた。
まあ自分の父が次男か三男かなんて気にすることないもんね。
普通に生活するうえでは特に重要ではない情報だから。

ちゃんと知らなかった祖父の兄弟の名前とか、祖母の旧姓とか、曾祖母の旧姓とか、そういうのを見て、なんとなく自分のルーツを考えさせられた。
ぽーんと生まれてきて、そのまま父や祖父になるわけじゃなくて、父母がいて祖父母がいて曾祖父母がいて、ちゃんと血が受け継がれているというか。
その名前の数だけ人生があるんだよね。
理屈では分かっているつもりだったけど、自分の家系に当てはめて深く考えたことなかったなあとしみじみしたりして。

戸籍謄本とる機会ってなかなかないし、原本は手続きのために司法書士さんに渡す予定だから、手元にあるうちに家系図書いとこうかなって思ってる。
別に知らなくても生きていけることだけど、せっかくこうして目についたからには残しておきたいかなって。
自分の家系、大正くらいまでは遡れるからね。
こんなチャンス滅多にないので。

ということで今日は、戸籍謄本が意外と面白かった話。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
それではー。

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