見出し画像

何年経っても忘れられない

相手にとってはなんでもないことかもしれないけど、こっちにとっては忘れられないことってあるよね。

て、書くと「この恨みはらさでおくべきか」的なニュアンスに感じるかもしれないけど、今回はそういう話じゃない。
むしろ逆。

ふとしたときに思い出すと心が緩むというか口元が緩むというか、口に締まりがないとかそういう話じゃなくてまあ確かについ口は開いちゃうんだけどだらしない顔してるって自覚はあるんだけどそうじゃなくて。
「あああのとき嬉しかったなあ」って思い出せる思い出がある。

何年か前のことなんだけど、私、裁判員裁判の裁判員に選ばれたことがある。
いや違う。
選ばれてしまったことがある。
正直やりたくなかった。
強制的に選ばれて人を裁くなんて、そんな重荷、出来れば背負いたくないものですよ。

で、まあしぶしぶ参加していた裁判員期間。
私は埼玉県民なのでさいたま地裁に通ってたんだけど。

実際裁判に出廷するのはもちろんなんだけど、その審理もしなきゃいけないから、それなりの日数通ってたのね。

で、裁判員はもちろん接点のない、年齢性別職業バラバラな人が選ばれる。
プライバシーを保護するために、裁判員同士名前も素性も知らない。
基本聞いちゃいけない。
裁判員六人と補欠二人がいるから、〇番さんて番号で呼ばれる。

要するに全く仲良くない人たちと一緒に時間を過ごすんだよね。
朝から夕方までの日なんかは、お昼休憩があるけど、外に出たらいけないの。
用意された場所で、自分で持ってきたお弁当か、事前に申し込んだお弁当を食べて、あんまり深入りしないお喋りをして時間を過ごす。

これがまあしんどかったね。

休憩時間以外は深刻な話をしなきゃいけないんだよ。
携わってる事件の証拠とか証言とか検証とか、類似事件の判例とか、気が重い話を延々とする。

だからといって休憩時間も気を抜けない。
さっきまで審理してた場所で、楽しくお昼食べてねどうぞって私には無理。
少しでいいから一人にして欲しかったんだよね。

だから出来るだけ休憩時間は本を読んで「話しかけないでオーラ」出してた。
そのときなんの本を読んでたかは忘れちゃったんだけど、文庫本を持ち歩いてたんだよね。
ブックカバーして。

そしたらあるとき、裁判官の方が「本、お好きなんですね」って話しかけてきた。
私は「ああ」だか「はい」だか忘れたけど薄いリアクションを返した。
そしたら裁判官さん「ちゃんとカバーされて、本を大事になさってるんですね。すごいなあ」って言ったのよ。
それだけで会話は終わったの。
裁判官さん、言うだけ言って行っちゃったから。

でも、それがすごく嬉しくて。
よくある社交辞令の「本好きなんですねすごいなあ」じゃなくて、
「好きなものを大事にしてる」という私の行動を褒めてくれたんだよね。
裁判官さん。
そういうことってあんまりないからさ。
「何読んでるか」とか「どれくらい本読むのか」とか、そういうことは数えきれないほど聞かれてきたけど、「本を大事にしてる」ことを褒められたのはそのときが最初で最後。

裁判員裁判、正直いい思い出ほとんどないけど、それだけが唯一いい思い出。
裁判官さんにとってはなんでもないことだと思うし、きっともう忘れてると思うけど、私は今でもその一言が忘れられない。

好きなものやことを通じてその人を褒めるなんて高等テクニック、そうそう出来ないよ。
そういうことがさらっと出来る人、すごいよね。
しかも私の一人になりたい空気というか本を読みたい空気を察して、すぐにいなくなったの。
見返りというかリアクションを求めてないんだよ。
ただ率直に褒めてくれただけ。

その裁判官さんのこと、今でも尊敬している。
私もそういう人になりたいなと思う。
まあ、なかなか道のりは遠いんだけども。

ということで今回はふと思い出したちょっといい話。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
それではー。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?