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【スマート農業】トラクタと車の自動運転はなにが違う?

はじめに

ロボットトラクタ元年

2018年はロボットトラクタ元年と言われた。日本を代表する各社が続々と自動運転トラクタ(ロボットトラクタ)を売り出したからだ。穀物生産において農業機械が必須となった今の時代,ロボットトラクタは省力化/自動化を推進するスマート農業の要ともいえる。

農業車両と自動車のつながり

僕がロボットトラクタの研究に携わって最初に気付いたことは,自動車業界との接点がほとんど無いことだった。共同研究の素振りもなければ技術交換の場もない。農業工学分野の学会でも車の話題が出ることはないし,逆もまた然りだろう。”自動運転”と聞けばまず自動車を想像する。なぜ,農業車両と車はこんなにも隔たりを持っているのだろうか。その当時はとても謎であった。車の自動運転もたくさん研究されているのだからそれらをコピーすれば良いのではないか?

似て非なる2つの車両

しかし,その疑問は研究を進めていくうちに消えていった。農業車両と車は根本的に追い求めているものが異なることがわかってきたからだ。トラクタは走行精度を追求し,車は多様な走行環境に対するロバスト性を追求した。この記事では”走行精度”と”走行環境”に焦点を当てて,トラクタと車の自動運転の違いを技術的に読み解いていこう。

走行精度を追求したトラクタ

トラクタと車は目的が異なる

車は人を乗せて行きたい場所まで運ぶことが目的だ。などというとドライブ好きの人から,「クラッチ操作が~」,「ドリフトが~」と怒られてしまうかもしれない。そこまで車マニアでなくても,音楽を流しながら目的もなく軽快に運転することは楽しい。だが,ここではそういった娯楽としての運転はひとまず置いておこう。道路を使って,いかなる経路にしろ,行きたい場所に人を移動させるもの,それが車だ。

一方で,トラクタは,違う。誰もトラクタで高速道路に乗ろうなどと思わないし,よっぽどの人でない限りドライブデートに使おうとも思わない。トラクタの目的は農地で作業することだ。作業機を牽引することで,耕耘や播種,農薬散布などを行うためにある。作業を代替してくれるので”ロボット”という名前が付くのも納得できる。確かに,車はいくら自動運転してもロボットとは呼ばれない。

用途が違えば要求精度が異なる

さて,前置きが長くなったが,目的が違えば要求される走行精度が異なってくる。車の場合は道路を走るが,道路上の白線内であればどこを走っても良い。あまりにも左過ぎると「初心者かな?」,右過ぎると「危ないなぁ」と思われるだろうが,基本的に中心から50 cm以内であれば誰も文句を言わない。一方で,トラクタは,しつこいようだが作業が目的だ。例えばコムギの列をトラクタが入るとする。条間30 cmの間を太いタイヤで走行しようと思ったら走行精度は最低でも10 cm以内,できれば5 cm以内が望ましい。15 cmもズレたら作物列を踏み荒らしてしまう。すなわち,求められる走行精度が1桁違うのだ。ロボットトラクタではどのように5 cmという高精度の走行を可能にしているのだろうか。では次にロボットトラクタの技術発展についてもう少し詳しく見ていこう。

ロボットトラクタの過去

トラクタは当初から5 cmの走行精度を求めるため1990年代から活発に研究が進められた。自動運転では自分がどこにいるか(自己位置)と車両の向き(方位)という情報が必要となる。GPSの普及も進んでいない1990年代初頭は自己位置と方位の推定が大きな問題となった。今ではスマホでだれも簡単に自分がどこにいるかわかる時代だが,当時は自己状態を把握することは至難であった。タイヤの回転数と操舵角度から初期位置からどれくらい移動したかを求める手法(オドメトリ)や,角速度を測定できるジャイロセンサを利用して方位を推定したり,カメラにより畝を検出したりして,どうにか自己位置を推定しようと頑張った。しかし,これらの手法にはそれぞれ課題があった。オドメトリではタイヤの滑り角を考慮することが難しく研究者たちを悩ませた。道路と比較してぬかるみの多い土壌では滑りが著しくモデル化が困難であったため,ニューラルネットワーク(AI)を利用して走行データに基づいて補正しようという試みもあったほどだ(野口ら, 1993)。ジャイロセンサは角速度を積算して角度を算出するため理論上,ドリフトと呼ばれる積算誤差が発生し時間経過とともに方位誤差が大きくなってしまう。カメラを利用する場合はランドマークとなる畝や作物がないと走行できず,何も植わっていない農地を走行することはできない。また,これらの自己位置推定はいずれも農場内に基準点(原点)を定めるローカルマップのため,日本地図(グローバルマップ)の上に投影することはできない。農場ごとに形状を測量する手間もあった。

RTK-GPSによる技術革新

こうした状況の中,1990年代後半にRTK-GPSと呼ばれる高精度GPSが登場する。それまでのGPSは測位誤差が1 m~10 mだったのに対し,なんと1 cmの精度で測位できる代物だった。RTK-GPSの登場でロボットトラクタの研究は飛躍的に発展した。まず自己位置を1 cmの精度で逐次情報取得できるようになったため,これまで悩んできた自己位置推定手法を使わなくて済むようになった。さらにGPSはグローバルマップで自己位置がわかるため,国土地理院などが作成する日本地図上に投影することが可能である。すなわち,衛星写真上に自己位置を重ねることができるため,地図作成の手間もなく視覚的にわかりやすくなった。方位の推定もRTK-GPSのおかげで各段に容易となった。2点の自己位置から三角比を使って精度良く方位を求められるようになった。より方位精度を上げるため2000年代はじめにはRTK-GPSとジャイロセンサを融合させる研究も行われ,現在でも使用されている技術の基礎を築いた(木瀬ら, 2001)。ちなみに当時のRTK-GPSは非常に高価で1台400~500万円ほどしたようだ。このようにしてロボットトラクタはRTK-GPSを主要センサとして発展し走行精度3~5 cmで自動運転することが可能となっている。

多様な走行環境を考慮した車

車の運転は楽しいが考えることも多い

車の運転は楽しいが疲れることもある。空いている海沿いの高速道路をかっ飛ばしているときなどは気持ちが良い。しかし,信号待ちや左折・右折,斜線変更など行きたい場所にたどり着くために様々な状況に出くわす。逆走している自転車などが現れたときは最悪だ。暗いトンネルに入った時など,目がおかしくなったのかと思うときもある。そう,車は周辺環境が多様なのだ。トラクタの走行環境である農地に比べて,環境や走行パターンがはるかに複雑怪奇である。

RTK-GPSが使えない理由

一般的にRTK-GPSのみを利用して車の自動運転を行うことは難しい。理由は大きく2つある。1つ目は走行環境に建物やトンネルといった障壁が多いことだ。RTK-GPSは衛星信号を利用するため頭上が開けてないといけない。そして,普通のGPS(精度0.5 m~5 mほど・スマホなどに入っているものを想像してほしい)と比較して,背の高い障壁に少し弱い。これはマルチパスと呼ばれる現象の影響を強く受けるためで,周囲に背の高い建物や木々があると高精度の測位ができなくなる。トンネルなんて論外だ。これでは見晴らしの良い草原や海辺の道しか自動運転できない。そんな場所,僕なら自分で運転したい。2つ目はRTK-GPSベースの自動運転では事前に経路が定まっていることが前提となっていることだ。RTK-GPSを利用して自動運転する際には走るべき経路と自分の位置を照らし合わせて走行誤差を認識し制御する。これは作物列が決まっていて必ずそこを通る(作業する)トラクタの自動運転とは非常に相性が良いものの,車の場合は勝手が悪い。なぜなら,込み具合,右折・左折,駐車車両によって車線変更することが車にとって必要不可欠であるからだ。走る経路はリアルタイムに更新されていかなければならない。

車はどうやって自己位置を知るのか

さて,ここまででも十分にトラクタと車の自動運転の違いは理解できたと思う。では車の自動運転に関する技術をもう少し詳しく見て行こう。車の自動運転では前述の理由からRTK-GPSによる自己位置推定は難しい。そこで,周辺の建物などを利用して自己位置を把握する。この原理は人間にとても似ている。周りの建物や街路樹の種類,見え方から自分の位置を把握するのだ。一般的にSLAMと呼ばれる手法が有名である。そのためには”目”が必要であり,カメラやLiDARといった光学センサがよく使われる。カメラはご存知のとおり。LiDARとはレーザー光線によって距離が分かるセンサである。ところで,この手法は特徴となる建物や街路樹がないと成り立たない。すなわち,いくら進んでも景色の変わらないトンネル内やずっと浜辺が続くような道では使用が難しい。もちろん,一面に広がったコムギ畑などでは到底困難なことは容易に想像できるだろう。SLAMが農業分野で発展しなかった理由はココにある。ただ,高層ビルの多い街中や屋内でも利用できる点は強力であり今日盛んに利用されている。

障害物に対する考え方

最後に,車の自動運転ではリアルタイムに周辺環境を認識することが非常に重要だと述べた。もちろん,農地でも人や停車車両などはあり障害物を認識することはロボットトラクタたるもの避けて通れない。しかし,水田の中に立っている人はほとんどいないし,畑内に駐車する人なんていないだろう。そもそも農地では”作業”しないといけないため作業経路に障害物があった場合,避けるということは考えられない。どいてもらうまで待つしかない。農道には路駐している車もいるだろうが,道幅が狭く停車車両があると物理的に通れないことが多い。つまり,ロボットトラクタの場合,止まることが第一選択となる。一方で,車は常に障害物と隣合わせだ。他の車,路駐車を常に警戒しながら車線変更し目的地にたどりつかないといけない。逆にいえば,車はいかにして障害物を避けて目的地へ行くかという問題を解く必要がある。そこで,車の自動運転ではカメラやLiDARを使って,車線はもちろん,車や自転車,信号などの物体を識別する。さらには物体と自分の位置関係からどのようなルートを通ればいいかリアルタイムに計算する必要がある。これはなかなか難しい。物体認識には畳み込みニューラルネットワーク(CNN)と呼ばれるAIが有効であり,かなり認識精度は高い。どのルートを通るかという判断に関しては強化学習と呼ばれるAI手法が有効ではないかとされているようだが確立されていない。トラクタのほうが車よりも早く自動運転が実現した理由はココにあるのではないかと推察される。

まとめ

  • トラクタは作業が目的,車は移動が目的

  • トラクタと車の要求精度は1桁違う

  • ロボットトラクタはRTK-GPSを主要センサとして自己位置推定を行う

  • 車はカメラやLiDARを主要センサとしたSLAMにより自己位置推定を行う

  • RTK-GPSは車の走行環境で使用し難い

  • SLAMはトラクタの走行環境で使用し難い

  • ロボットトラクタは障害物があったらまず停まる

  • 車は障害物のある中を移動し続けなければならない

参考文献

HP


文献

[1] 野口 伸, 石井 一暢, 寺尾 日出男, 1993. ニューラルネットワークによる農用車両の最適制御 (第1報), 農業機械学会誌, 55(5), 83-92.

[2] 木瀬道夫, 野口 伸, 石井 一暢, 寺尾 日出男, 2001. RTK-GPSとFOGを使用したほ場作業ロボット (第1報), 農業機械学会誌, 63(5), 74-79.

おわりに

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