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【雑文】今日がクリスマスだということに気が付く

2023年12月25日 月曜日

そういえば今日はクリスマスだということに気が付いた。
社会人になってから、クリスマスというものをあまり意識しないようになってきていたし、今日が平日だということもあって、さっきまでクリスマスだということをほとんど忘れていた。
夜にチキンとケーキでも食べようかと今思ったけれど、店も混んでいるだろうし、いかにもクリスマス感のある食事は、なんだか社会の流れに乗せられているような気もするので、あえて1週間ずらしてやって、年末年始にこの組み合わせを食べてやろうと、謎の意地を張ることにした。

今日は晴れている。朝は冷凍庫の中にいるような極寒だったが、さっき(15時ごろ)仕事をちょっと抜け出して軽く散歩をしたら、かなり暖かくなっていて、気分がよかった。でも、「晴れ」「暖かい」という環境は、クリスマスとはあまりマッチしないような気がする。クリスマスといえば、「夜」「雪」あたりがベストなマッチングといった感じだろうか。
クリスマスの街中を歩くためのコーディネートとして、なぜかマフラーが必須という印象を勝手に抱いているのだが、今日は出番がなさそうだ。

前にウェザーニュースの檜山沙耶さんが「あたたたたたかい」と噛まずに言っていたのを思い出した。あれはすごいと思ったし、可愛かった。
あたたたたたかい。


なぜ大人になるにつれてクリスマスにワクワクしなくなっていくのか?

①クリスマスを2~30回繰り返しているので新鮮味がなくなった
人は飽きる。
子供の頃はサンタクロースやトナカイなど、未知の生物が目の前に現れることで、この人たちが自分にどんな影響を及ぼすのか、何を与えてくれるのかといった、予期できぬ未来に対する不安感と期待感が入り交じり、精神に刺激を与える。しかし、それを繰り返してしまうことで、サンタクロースやトナカイはもはや未知の生物ではなくなり、ネタが知れ、日常の中に溶け込んでしまう。

②なんとなく商業的なものを意識してしまう
大人になると、経済の流れとか、企業の戦略みたいなものを、真剣に分析などはしないまでも、ぼんやりと見えてきてしまう。CMなどで、いろいろな商品をこのタイミングで一気に打ち出す様子をみていると、その裏に、スーツを着た会社員たちが戦略会議をしている風景が浮かんできてしまう。


③クリスマスを楽しむために、ある程度能動的になる必要がでてくる
子供の頃は、親がプレゼントをくれたり、パーティを開いてくれたり、ケーキを買ってきてくれたりと、自分が何もしなくても誰かが楽しめる土台を作ってくれていた。しかし、自分が大人になってしまうと、今度はその土台を決める側にならなければならない。プレゼントは何にするか、パーティを開くのか、何を食べるのか、どこで過ごすのか、多くの意思決定をしなければならないため、多少の億劫さが生じてしまう。

④上記①〜③のようなことを考える
すべての元凶。





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