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【短編小説 森のアコーディオン弾き 4】モニークの雨

4. モニークMoniqueの雨

 モニークのもとを訪れたカルヴィーノとフラヴィオは、しかしすぐに頭を抱えることになった。
サーカスのアコーディオン弾きだったフラヴィオは火事で焼け出されたこと、必死に逃げる途中でアコーディオンの蛇腹に穴が開いてしまったこと、そして気づくと知らない森に入り込んでいて、洞窟に逃げ込んだところで小鹿のカルヴィーノとトカゲのハルベルトに出会ったこと、そこで二人にわけを話すと、アズーラと呼ばれる森で一番大きなブルーベリーの木に相談するよう助言をもらったこと、アズーラにことの次第を話すとモニークを訪ねるよう言われたことを、カルヴィーノとフラヴィオは身振り手振り、代わるがわる説明した。
「いくらアズーラが言ったことだからって、私に何ができるって言うの? 私なんて役立たずなのよ」
「僕らも、それでどうしたらいいか分かってるわけじゃないんだ・・・・・・」
二人が話し終えるや否やつっぱねたモニークに、フラヴィオは弱々しく答えた。晴れた日にこんなモニークを見たことがなかったカルヴィーノは、山の向こうに雨雲でもあるのかと確かめた。
「誰がこんな・・・・・・」
フラヴィオがモニークの幹に貼られた薬草にふと目をとめた。薬草の下からは樹液がしたたり、地面まで届いていた。
「あんなことされたら、誰だってこうなるよ」
カルヴィーノは眉根を寄せた。
するとモニークはせきを切ったように話し始めた。
「あの男もそうだった。ある日突然やってきたのよ」
モニークは小さい頃人間に連れられてこの森に来た。モニークを植えた男は実験だとか言っていた。この森はモニークが生きるには寒過ぎた。凍えるモニークを温めてくれたのは森の動物達だった。落ち葉や枯草を集めてモニークを包み、背中を寄せてくれた。そうやってなんとか冬を越してきた。モニークを植えた男はあれから一度も戻ってこなかった。それから何年も経ったある日、別の男が通りかかった。男はモニークを見るなり斧を振り下ろした。切り口から流れ出る樹液を見て男は言った。「やっぱりゴムの木だ」と。
「私の悲鳴を森じゅうが聞いた。だけどあの男には何も聞こえやしなかった」
何かがその男の耳を塞いでいたんだと、カルヴィーノは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今はモニークの耳には届かないどころか、何よりおかしな沁み込み方をして傷を疼かせてしまうような気がした。
目をそらし口元を震わせるモニークを見ているうちに、カルヴィーノはあの日のことを思い出していた。
山の向こうに日が沈み始め、一日が終わろうという時だった。耳をつんざくような悲鳴が森じゅうに響き、そのあとしくしく泣く声が一晩中続いた。夜目がきく者が集められ、夜を徹して泣き声の主を探した。モニークを見つけた時は誰もが目を覆った。それからすぐにアズーラに相談をして、モニークの傷が治るまで薬草を届けることになった。傷は少しずつ癒えていたが、モニークの心には瘡蓋かさぶたさえできていないようだった。
「モニーク、薬草持ってきたよ。貼りかえよう」
カルヴィーノは地面に置いた薬草を鼻でつんと指し、モニークの樹液まみれの薬草を口ではがした。それがモニークにかける言葉を探す唯一の方法であるかのように、フラヴィオは抱えたアコーディオンをさすり続けていた。
「カルヴィーノ、いつもありがとう・・・・・・」
「ううん、いいんだ」
そう言いはしたが、カルヴィーノは口のまわりに貼りつく薬草にてこずった。何度もぬぐうカルヴィーノを見かねたのか、フラヴィオが指で摘まんでぺりりと剥がした。
「べとべとだ。これじゃあ・・・・・・ これだ!」
カルヴィーノは、モニークとフラヴィオを交互に見た。
「フラヴィオ、モニークの樹液をもらうんだよ!」
モニークとフラヴィオは、ああと同時に顔を見合わせた。
「それでこれを使うということか!」
フラヴィオは握りしめていたアズーラの枝を掲げた。

フラヴィオはアズーラの枝で樹液をすくい取り、蛇腹に開いた穴に何度か塗り広げた。
それが済むとモニークの傷口に新しい薬草を貼った。
「あとは乾くまで待つだけだ。ありがとうモニーク。君は沢山の人を幸せにするよ」
「そう? 確かにあなたの役には立ったようだけど」
「アコーディオンが直れば、僕の音楽を聴いて沢山の人が幸せになる。なぐさめられる人もいる。君のおかげだ」
「ほらね、アズーラの言った通りだ!」
助け合ってるってことだよと、カルヴィーノは二人のまわりを跳ねまわった。すると頬にモニークの葉先からぽたんと水滴が落ちた。
「天気雨かな」
カルヴィーノは雲一つない真っ青な空を見上げた。
「やむまでここにいよう。そうさせてもらうよ、モニーク」
フラヴィオはそう言ってモニークの根元に腰を下ろし、アコーディオンをさすった。モニークは目を伏せ、口を引き結んでいるのがやっとのようだった。カルヴィーノはフラヴィオの横に座り、モニークにぴたりと背中をつけた。
モニークの木陰で、二人はぽつぽつと降る雨に打たれた。



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