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【短編小説 丘の上に吹いた風 1】定例会議

1.定例会議

いつもの十二人掛けの円卓はこんなに小さかっただろうかと、議長のミカエルは並んで座る残りの三人をちらりと見た。天井のない議場は、見上げるとどこまでも空と雲が続き開放感があったはずだが、今日はやけに息苦しい。
「だからこうして回収してきたじゃないのよ!」
ガブリエルは椅子から立ち上がり、バンと円卓を叩いた。その拍子に円卓に置かれていた三枚の白い羽がふわふわと宙を舞った。
ミカエルはゆっくりと降りてくる羽を一枚ずつ摘まんで円卓に戻し、隣に座る書記のウリエルに視線を投げた。ウリエルはお手上げだとばかりに首を横に振った。
ガブリエルが陽太ようたに渡した二枚の羽と去り際に忘れてきた一枚の羽が警察に押収されたことが議題となっていた。
天使の羽など人間の科学力では到底解析はできない。しかし人間の手に渡ること自体が秩序を乱し、よけいな憶測も呼ぶ。いくらお守りだったとはいえ、人間に羽を渡すなどもってのほかだと主張するラファエルに、とうとうガブリエルの堪忍袋の緒が切れた。
「あんた、最近どこに雲隠れ? 会議にだって全然顔出さなかったじゃない。そもそもこの件は、あんたのほうが適役だったでしょ? 聞いてるのラファエル? あんたに言ってんのよ!」
「まあ、そう怒りなさんな」
なだめるミカエルに、ガブリエルはフンとそっぽを向いた。
「ああだこうだって、あんたにだけは言われたくないわけ!」
全く手をゆるめる様子のないガブリエルに鋭く睨みつけられ、ラファエルは背中の両翼を前に持ってきてバリケードを作った。
「本来なら全員が集まるところを、今日はあたし達四人だけにしてもらったんじゃない。大勢の前で恥をかくことにならなかったんだから、それだけでもありがたいと思いなさいよ!」
一気にまくし立て、ガブリエルはようやくどかりと椅子に座った。円卓に戻された羽が、従うまでよとでも言うようにまた少し舞い上がった。
「わかった、わかった。やめ、やめ。次の議題に移ろう。次ので最後だ。天使の本についてだが、わたしが元の場所に戻しておいた」
「元の場所って、ホスピスの本棚のこと?」
ミカエルがガブリエルにうなずくと、議場がしんと静まりかえり、ミカエルは今度はやたらと議場が広くなったように感じた。
わたし達にチョイスなどない。それから、どうやらホスピスの院長が何か感づき始めている」
ああとガブリエルがうなだれた。
「作戦の立て直しを余儀なくされるが、いたしかたない。それにしても、なぜにあのお方は次から次へと難問ばかり突きつけなさるのか」
ミカエルは天を仰いだ。ガブリエルがしかたなさそうにうなずく横で、ウリエルは粛々と羽ペンを羊皮紙の上で走らせた。
「僕も・・・・・・」
「あんたは黙ってなさいよ!」
ラファエルが何か言いかけると、ガブリエルに再びぱっと火がついた。
「これで終わりなら私帰るわ」
ガブリエルは立ち上がり、ラファエルの頭をはたくようにばさっと翼を広げた。ガブリエルの羽先が目に入りラファエルは目を押さえたが、ガブリエルは気に留める様子もなくさっさと飛び去った。
「私も失礼するよ」
ウリエルもそそくさと羊皮紙を丸め、羽ペンを背中の翼になじませて、ふわりと浮いたかと思うとまたたく間に雲の合間に小さくなった。
「見てよ、ミカエル。羽、また落としていったよ。まったくガブリエルは・・・・・・」
こういうことなんだと言いたげに、ラファエルは宙に漂うガブリエルの羽を摘まんだ。すると今度はミカエルに睨まれ、翼のバリケードにすっぽりと埋もれた。

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潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)