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刃物専門編集者の憂鬱 その2 「え、オレが頼めるんすか!?」

こんにちは。「編集者&ライターときどき作家」の服部夏生と申します。
肩書きそのままに、いろいろな仕事をさせていただいているのですが、ちょっと珍しい「刃物専門編集者」としての日々を、あれこれ書いていこうと思います。

* * *

■今度は『アウトドアナイフの作り方 改訂版』ってイカした本があるらしいよ。


四半世紀続けてきた「刃物専門編集者」としてのあれこれを書いていくと(勝手に)決めたシリーズだが、今回も、まずは、宣伝をさせていただきたい。

2022/12/15にホビージャパンという出版社から、編集を担当した『アウトドアナイフの作り方 改訂版』というムックが出版されている。

元本は、2019年に発行したものだが、約4年、ありがたいことに完売となり、この度、必要な部分に修正を入れつつ、新規企画も盛り込んだ「改訂版」を発行する運びとなった。内容などに関しては、同社のブログサイト『SCREW』でも簡単に紹介してみた。よろしければご一読いただきたい。

ちなみにSCREWの記事の中に書いた「読みたいとおっしゃる方、結構いらっしゃるんですよね」と真っ先にお声がけしてくれたのは、前回(その1)に登場するジュニア氏である。

その言葉が伝わって、ならば、と出版社を動かしたと言っても過言ではない。要するに、感謝しかないのである。


■『オーダーメイドしたら、ものを大切にするようになる』


さて、今回は「オーダーメイド」の話である。

若かりし頃、オーダーメイドに憧れていた。『自分のためにつくられたもの』という特別感が大人っぽかった。服や道具をあつらえる人たちの話を読んで、自分だったらと想像を膨らませてもいた。

と言って気軽に何かを注文できるだけの財力もない。せめて気分だけでも、とオーダーメイドについてあれこれまとめた本を友人たちと作った。

緒職に絶大な信頼を得ている鍛冶屋さんから、粋を体現したかのような画家さんまで、色々な方にお話をお伺いしたが、全員が『オーダーメイドしたら、ものを大切にするようになる』と、口を揃えていたのが印象的だった。

SDGsというテーマが世の中で認知される、ずっと前のことである。

せいぜいワイシャツ程度だが、自分でもオーダーメイドするようになって、その言葉の意味が少しずつ理解できるようになってきた。

手間をかければかけるほど、オーダーメイドした品に、愛着が湧くのは当たり前。そして、その思いは拡張され、自分が普段使うもの全般にまで、その愛着が及ぶようになるのだ。


■薄っぺらい思い入れでは、ナイフなんか頼めねえって。


では、刃物専門編集者として、ナイフはオーダーしたことはあるのか、という話である。

結論から言うと、なかった。今までは。

前口上でも述べたが、もともと刃物が好きで、刃物専門誌の編集者になったわけではない。本づくり好きがこうじて入った出版社の辞令に従ってはじめた仕事だった。知識皆無からのスタートだったから、なるべくたくさんの刃物を手にするように心がけてきた。

若い頃は、かなりの数の刃物もいただいてきた。1990年代後半から2000年代初頭である。バブルは残り火すら消えかけていたが、それでも今よりは景気もマシだった。そんな時代の空気を言い訳にしながら、ありがたく頂戴して、そのお気持ちに少しでも応えるべく、必ず使うようにしてきた。

ある程度、歳を重ねてからは、いただくことはお断りすることにして、無理のない範囲で購入するようにしてきた。当然、オーダーメイドにも興味はあった。だが、ナイフに関しては『まだ早い』と思って、してこなかった。

とある事情で、自分がオーダーした体で、あるところにデザインしていただいたモデルをリリースしたことはあった。

完成したナイフは、上々の仕上がりだった。だが、正直に言うと、完成品を見ても、あまり手応えを感じなかった。作ってくださったところは、真剣だった。だから、少なくとも、その方々の技術や気持ちの問題ではない。

このナイフは、自分が「心から」欲しいと思って作ってもらったものではない、という気持ちが拭えなかったのである。

自分のナイフに対する知識が薄っぺらいから、感動も薄くなっていることは間違いなかった。そもそも僕は、刃物をフィジカルな意味で必要とする仕事をしていない。あくまで僕自身に限って、の話だが、エッセンシャルツール(なんて用語あるのだろうか)でない以上、刃物に相当な思い入れがなければ、いくら「好き」と、言葉を連ねても、どことなく薄っぺらいものになるのは、必然である。

どうしても手にしたい。そこまでの「思い入れ」を自分は持っているんだろうか。前述のナイフもプロトを頂戴したが、いつしかどこかに紛れてしまった。邪険にはしていないつもりだったが、気持ちが本当に入っていない状態で作っていただいたものに対して、注意散漫になってしまっていた。こんなこと、作り手に、申し開きできない。

そう考えると、どうしても躊躇してしまった。そして、さまざまなオーダーの結果生まれてきた、魅力あるカスタムナイフの数々をいいなあ、羨ましいなあ、と眺めていたのである。


■ デザインは苦労したよと言うけれどその痕跡が見当たらないよ


話を一気に進めよう。

時は流れ、今年(2022年)初頭。ナイフの本作りに携わるようになって四半世紀経ったタイミングで、ついに『ナイフ』をオーダーしたのである。

約8ヶ月後。それが完成したとの知らせを受けて、先日、西にある住まいから、薄っぺらのボストンバッグ抱えて、東京まで受け取りに行った。

完成したモデルは、予想を遥かに超えて格好よかった。

「結構デザインには苦労したよ」

と笑う作者の山本 徹さんとは、長いお付き合いである。刃物なのに、作り手の人柄を表すかのような、穏やかさをたたえた作風が好きで、何度か記事で紹介させてもらってもきていた。インタビューして『ここまで』の人生をお伺いしたこともある。

オーダーしたのは、そんな彼が教えてくれたミュージシャンのアルバムが、あまりにも良かったからである。


■ちょっと横道にそれて、自己愛満載昔語りをします。


ある時期、山本さんはSNSで自身が聴いてきたアルバムのジャケットをアップしていたことがある。なかなかに刺激的なセレクトで、毎日楽しみにしていた。

僕は、渋谷陽一のロック―ベスト・アルバム・セレクションを熟読して、一所懸命お小遣いを貯めて、CDショップに馳せ参じて、渋谷氏のおすすめするアルバムを買い集めていった世代である。アルバムのジャケットがタイムラインに上がってくるだけで、あの頃の、憧れのアルバムを手に入れたときの、胸を鷲掴みにされるような喜びと、1秒でも早く家に帰って、ミニコンポ(懐かしい)で聴きたいという焦燥感が蘇ってきた。

とはいえ、すっかり堕落した今の僕は、山本さんがアップするジャケットを見て、気になったら、アマゾンミュージックでお手軽に聴いてしまうだけである。それでも、やっぱり『感動』はあった。

ある日、ライ・クーダーの『INTO THE PURPLE VALLEY』が紹介された。

それが、山本さんが一番好きなアルバムだと書き添えてあった。なるほど、と思った。確かに、彼の『PURPLE VALLEY』はこのアルバムへのオマージュの色合いが濃い、アーリーアメリカンを想起させるデザインのシリーズである。

ライ・クーダーは、僕にとって、大好きな映画ブエナ★ビスタ★ソシアル★クラブ、そして圧倒的1位で好きな映画パリ、テキサスの音楽監督をつとめた偉人である。もちろん、彼の曲を、友人の家で聴いたことはあるし、アルバムを貸してもらったこともある。

だが、ポストパンクやオルタナに夢中になり始めたプリリルボーイ(町田康が創出した頭弱め若者のドンズバな呼称)にとって、アルバムを買い求めるまでの存在ではなかった。


■歳を経て沁みる音楽と、それを紹介してくれた作家。


山本さんがアップした日の夜に聴いたライ・クーダーは、沁みた。

1920年代から50年代くらいであろうか。砂埃が舞い上がる平原や畑、小さな町と、そこで生きている人たちの姿が目に浮かんでくるようだった。

楽天的で、その日暮らし。もし、明日のパンがなくても、一瞬へこむけど、ま、どうにかなるでしょと、笑い合って、実際どうにかしちゃうようなカップル。そこには、うたかたの生への根本的な諦観と、今ある状況を受け入れて生きていこうという覚悟がある。その『通奏低音』が流れているから、音に、品がある。

ものすごく、よかった。なぜ、音楽があるのか。そして、彼がなぜ音楽をやっているのか。そんな言葉にならなかった『のろ』のようなものが、音符の合間から滲み出てきていた。

今まで、気にはなっているものの、聴いてこなかった、そのわけも理解できた。僕にとって、この歳にならないと聴きとれないものが込められた音楽だったのである。

人に教えてもらった音楽が心にささることくらい、稀で、嬉しいことはあんまりない。そうだよな、と僕は独りごちて、もういいだろう、と、山本さんにナイフをオーダーすると決めたのである。


■作家性に委ねたオーダーが予想を超えた喜び。


それにしても、出来上がったナイフは、格好良かった。

デザインが面倒だろうな、ということは、一応、理解していたつもりである。

専門的な話をすると、素朴さを表現するために、スカーゲルスタイルのボルスタレスがデザインの要諦になっている『PURPLE VALLEY』シリーズで、「バーロー(Barlow)」と呼ばれる長めの金属製ボルスターが特徴のモデルを、という、そもそもが無茶なオーダーをしたのである。

スカーゲルとは、米国のカスタムナイフのパイオニアと呼ばれる作家であり、バーローは米文学の金字塔『トム・ソーヤーの冒険』にも登場する、由緒正しき米ポケットナイフのデザインなのである。

ここらへんは、話すとものすごく長くなるのだが(もしご興味のある方は、『傑作ポケットナイフ』という本を読んで頂ければ幸いである)、まあ、とにかく『古き良き米国』を象徴する二大要素である。

そこに、ライ・クーダーもぎゅっと詰めこんだ、思い入れたっぷりのモデルを、山本さんなら、なんとかしてくれるんじゃないか、と思って、お願いします! と元気よくお伝えして、あとは、素知らぬ風を装っていたのである。

「わーありがとうございます」

本当に嬉しい時は、あんまり言葉は出てこないものだ。もごもごお礼を言いながら、照れ隠しに、偶然そばに立っていた古い付き合いのレポーター氏に見せびらかしたりしながら、僕は、オーダーしてよかったな、としみじみしていた。


■あっちへ行って、こっちへ行っている理由なんて、ただ一つだよ。


オーダーメイドとは、自分の『歴史』を形にする作業である。

なぜそのデザインにしたのか、なぜその人に頼んだのか。どの理由も辿っていけば、自らのここまでに根ざした『何か』にたどり着く。

思い入れがどうしたこうした、とぐずっていた自分を、しゃらくせえとばかりにナイフオーダーの世界に引き入れたのは、1枚のアルバムだった。いや、そのアルバムから広がる世界を見せてくれた山本徹さんだった。

それまで触ったことすらない『ナイフ』の世界で、面食らっていた25年前の僕が、最初に魅了されたのが、ポケットナイフと呼ばれる小さなナイフだった。欧州で生まれ、米国に持ち込まれ独自に進化して、という歴史を調べ、名作を手にすることが、楽しくて仕方がなかった。ポケットナイフを作る作家たちが、今の日本にもいることを知った時は、ものすごく嬉しかった。

往時のナイフを手にすると、背後に、当時の米国の人々の姿を感じることができた。自分の周りにある人やものを、あるがままに慈しんむ彼らの暮らし方に『尊さ』も感じていた。

そして今、あの頃、お会いして話をさせてもらうだけで心弾んだ作家が、ライ・クーダーのアルバムから見えてくる人々が、あの時、ポケットナイフを通して感じていた人々のそれと、同じ尊さを携えていることを気づかさせてくれたのである。

小さな波紋がいくつも合わさって拡大し、極限を超えそうなところまで広がって、また凝縮していく。手にしたナイフには、そんな風に、僕の『ここまで』が詰まっていた。

結局『もの』を大切にすることで、僕たちは、自分が関わる世界そのものを大切にしているのだろう。

あっちへ行って、こっちへ行っている理由なんて、ただ一つだよ
心やすらぐ家に、いつかたどり着くためさ

”How Can You Keep On Moving (Unless You Migrate Too)”
Ry  Cooder (訳は筆者)

『INTO THE PURPLE VALLEY』で、ライ・クーダーはそう歌う。

その通りだと思う。面倒なことだらけのクソみたいな世界を転がりながら、平穏の地を求め続ける。そんな人生を歩むときに、自らの『ここまで』の上澄みのような『もの』を手にしていることで、僕たちは、きっと、諦めの通奏低音の向こうにある奇跡を、信じ続けることができるように、思う。

OK、わかった。この世界は、そんなに悪いもんじゃない。

そう語りかけてくるような、小さなナイフの作り手に、僕は、感謝しているのだ。


■イカしたナイフの本、まだまだ目白押しで出版だってよ。


最後にもう一回、宣伝させていただきたい。

年明け(2023年)の1月30日に『USカスタムナイフ・クロニクル』というムックが発売される予定だ。

山本さんからナイフを受け取った際に、隣に立っていたレポーター、ヒロ・ソガさんが豊富な人脈と経験をフルに活用して、スカーゲルから始める米国のカスタムナイフの歴史を、貴重な作品の写真と共に紹介する保存版となる。

詳細が決まり次第、また紹介させていただきたい。

また、2023年3月23日には、日本のカスタムナイフを中心に紹介するムックも出す予定である。恒例の『ナイフダイジェスト』というタイトルを変え、内容をより純化させた『新シリーズ』としてのお披露目になると思う。(注:リンク先は2022年版の『ナイフダイジェスト 2022』です)

こちらも詳細が決まり次第、また紹介させていただきたい。

最後のそのまた最後にアウトドアナイフの作り方 改訂版について、もうひとつ。

勘違いが勘違いを呼んで、責了日、要するに締め切りの日にちを、5日ほど間違えていたことに、割と進行が煮詰まってから気づいた時には、マジで焦った。THA BLUE HERBの未来は俺等の手の中をエンドレスで脳内再生して乗り切った次第である。

OK、余裕、未来は俺等の手の中。

『未来は俺等の手の中』
THA BLUE HERB

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