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熊谷は火星

-Kumagaya is Mars-

 夏の最高気温は41.1°C、冬は吹き荒ぶ上州空っ風。日本一過酷なこの街が実は火星であるという確証を得るために私は探査を続けている。

 二〇二二年一一月二七日(日)
 九時三〇分ごろ嫁の実家をするりと抜け出した。
 ここから先は私がいただいた自由時間であるが、15時に地元の立ち飲み屋でカメラマンI氏と待ち合わせしているので、一二時三〇分には埼玉県熊谷市から千葉県船橋市への帰路に立ち始めなくてはならない。

 とりあえず新しい試みのひとつとして高崎駅まで行って軽く高崎駅周辺のロケハンをしようと思ったが、なんと、ここ鴻巣駅から高崎駅まで1時間もかかる事がわかった。この時間の無いなかで、電車移動のみの往復2時間を奪われるのは痛い。急遽、第二プランの…

「熊谷駅でレンタサイクルを借りて利根川まで目指す」

 という案を採用した。こうやってシャア・アズナブルのように常に二手三手先を考えてゆく。一〇時四分に熊谷駅に到着し、アイフォーンでレンタサイクルのアプリをダウンロードした。そしてカード決済の登録まですると結構まごまごしていて時間がかかってしまった。どうにかこうにか私は一〇時二五分に電動アシスト自転車に跨ったのだ。嗚呼、残り二時間しかない!行きに1時間、帰りに1時間。ビッチビチや。

 レンタバイクのスタッフさんは最後まで私がサッカーのスタジアムに行くものだと思い込んでいた。

違うっちゅーの。

 まぁ、そんなタイミングだったのだ。

全国地域サッカー
チャンピオンズリーグ2022
決勝ラウンド 第3節
11月27日(日)
熊谷スポーツ文化公園
10:45キックオフ
沖縄SV vs FC刈谷
13:30キックオフ
ブリオベッカ浦安 vs 栃木シティFC

違うっちゅーの。

 確かにブリオベッカ浦安という聞いたことのない千葉のサッカーチームの試合は見てみたい。タイミング的にはドンズバだ。

 レンタサイクルの料金は微妙で一五分毎に八八円もかかる。それでもあの何の交通機関のない熊谷市北部のその先を細かく移動するなら、バスと徒歩でこねくり回すか、この電動のレンタサイクルしかない。市内を隈無く探査するなら多少高くても一度借りてみたほうがいいだろうと思った。

さぁ、出発だ。
バッテリー残量は80%。


 ちょっとなんで満タンじゃないのよ!
だから熊谷スタジアムまでじゃないんだってば。


 ふらふらと発車したはいいが、自転車のギアを3速にすると飛ばしすぎてしまうので、2速でのんびりと行くことにした。
 ハンドルを握ると不思議なもんで、エネルギーが漲ってくる。あそこも行ける、ここも行けると可能性が次から次へとメントスコーラのように噴き出てくる。これは楽しい。みんなにおすすめしたいが、私と同じ趣味の人間はいない。

 行きに撮影していると陽射しが順光になるということは、帰り道は全て逆光になる。タイムリミットの関係もあり、帰りはほぼほぼ撮影できないだろう。行きに使う1時間になるべく丁寧に写真を撮ることにした。

 今回もぶら下げているカメラはライカM9、レンズはヤシカヤシコール五センチF2.8とジュピター12 三五ミリF2.8の2本だけである。ヤシコールの方はシリアル9から始まるので後期型、おそらく富岡光学製だろう。鏡胴はボロかったがレンズ玉は凄くキレイな状態で売られていた。こればっかりは当たり外れがあるので運次第である。パソコンの画面では分からない傷があるからだ。当たりのヤシコールは素晴らしかった。最近お気に入りのレンズだ。

 ジュピター12は後ろ玉が極端に飛び出したレトロフォーカス設計の広角三五ミリレンズ、あのコンタックスビオゴンのロシアコピー品だ。ガラス玉はキレイだったのだが、撮影するとホコリというか滲みみたいなものが写真に写ってしまう。後ろ玉になにか問題があるのだろうか。まぁ、いいか。

 そんなお気に入りのレンズをつけたライカをぶら下げて、私はご機嫌に自転車を漕いでいる。

 もうすでに過去二度ほど利根川までの道を歩きで行き、途中棄権している。そもそも写真を撮るために歩いているのだが、天竺かアンドロメダほど遠いのだ。
 しかし、今回自転車でリベンジとはいえ、その時と同じ道は通りたくないので、クネクネと迂回して走行している。すると、陽射しの向きが変わっていることに気がついた。小川沿いに走ったのが問題だったのか、スマートフォンのマップを見るといつのまにか逆走している。
 このままだと埒が開かないので、利根川までの途中にある分かりやすいランドマーク、方熊谷スポーツ文化公園を目指して、ひたすらペダルを漕ぐことにした。

 熊谷は駅周辺から外れると、どの道も真っ直ぐどこまでも続く。そして突然畑の真ん中に熊谷スポーツ文化公園が現れるのである。近づくとまるで花火の連打のように太鼓の音が聞こえてくる。

ドン、ドン、ドンドンドン、
ドン、ドン、ドンドン。

繰り返し太鼓の音が鳴り続ける。例のサッカー大会の応援である。熊谷スポーツ文化公園は東西にかなりの面積を有するので、完全に回避するのは難しい。少し敷地内を走り、ショートカットした。のちのワープ航法である。

 熊谷スポーツ文化公園を抜けるとまた両脇が畑の一本道が続く。もの凄い距離の直線なのだ。目の前のシロサギは私が追いつくと面倒くさそうに少し飛んで避ける。それを4回ほど繰り返し何処かへ飛んでいった。

 この辺で少しお尻が痛くなってきた。グーグルマップで現在地を確認すると、やっと利根川までの距離の1/3を走っただけ。あと一五分で引き返し時間だが、利根川到着は全然無理。今回も無理をせず、熊谷スポーツ文化公園の逆サイドを回って帰ってきた。結局、通ったルート的にはレンタサイクルのお兄さんが言った通りサッカーを応援して帰ってきたみたいになってしまった。悔しいがやはり熊谷駅から利根川は遠かった。

 写真は六〇枚しか撮れていない。まぁ、今回は2時間しかなかったのでしょうがない。次回からは、どこまで自転車で走るのか。どこに駐輪してどこのエリアを探査し撮影するのか。きちんと細かく計画を立てないと、ただのサイクリングになってしまう。

 自転車に乗っていたために撮り逃したシャッターチャンスが4度ほどあった。やはり、自転車に乗っているとカメラを構えることが億劫になってしまう。自転車を止めてカメラを構えるという行動は私にとって相当不自然な行為と感じる。風景を写真に収めるのなら問題ないが、人物もそこに入れるとなるとかなり無理のある行動である。不審者である。

 だが、私のカルマ(業)値が上がってきたのだろうか。最近よく爺さん婆さんに挨拶&話しかけられる。この日も「風が強くてねぇ」などと爺さんに話しかけられたり、婆さんに丁寧にお辞儀されたりした。いよいよこの熊谷に溶け込みつつあるのだろうか。

 少し時間は早いのだが、一二時〇四分に熊谷駅前のレンタサイクルステーションに自転車を返して、もう何度か行ったことのある駅ナカの熊谷うどん「熊たまや」の肉ネギつけ汁うどんを食らい、空腹を満たした。そのまま熊谷駅から高崎線(東京上野ライン)で地元船橋まで帰った。二時間と四五分ぐらいだろうか。

 一四時五一分、キンキンに凍ったアサヒのマルエフ生ビールを飲みながら、カメラの液晶画面を睨み、アイフォーンにメモを取っていく。まさに今日という一日の最高の仕上がりを迎えようとしていた。


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