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銚子街道十九里#3

ー滑河から下総神崎までー

 2023年10月上旬。朝の6時半に飛び起きた。iPhoneのアラームを騙してうつらうつらと寝ている場合ではない。
 この日のために前日酒を抜きに抜いた。とは言え全く支度をせずにコテっとラリホー状態で寝てしまったため、慌ててカメラバッグにカメラやレンズを詰め込んだ。
 今回使用するカメラはライカSL、レンズはエルマー5cm F2.8とズマロン35mm F2.8、漢の2本勝負。
 両方ともシルバー銅鏡のクラシカルなコンビだ。特にエルマーの描写が最近のお気に入り。
 このレンズの描写は極めてシャープ、色味は沈み気味でしっとりとしてれわいる。なんでか逆光にも強い。
 前に使っていたエルマー2本はそんな事なかったので、随分とガラス玉の状態で個体差があるんだな。今回もほとんどズマロンの出番は無いだろう。
 最近は自分の画角が完全に50ミリレンズになってしまった。50ミリので画面に入り切らないものは、入り切らないものとしてそのまま撮影している。
 それよりも気になるのはボディ背面の4つのボタンのうち右下だけねっちりとして元の位置に戻らない時がある。まるで奥歯にくっついたハイチュウのようだ。
 撮影時は使わないボタンなので影響はないのだが、一度ライカ銀座でメンテナンスをしたい。何回か高橋名人の連射ボタン〝シュウォッチ〟のようにクリクリ押しているうちに元に戻ったが、とても気になる。
 しかし、ライカSLはそのファンクションボタンやダイヤルの位置が絶妙な場所にあって使いやすい。特にマニュアル時のピント合わせの時のズームアップ。背面の千昌夫のホクロのようなジョイスティックをグッと押し込むのだが、そのフィーリングがとても良く、ピント合わせが寧ろ楽しく感じるほどだ。ちなみに、もう一度押せばキャンセル。
 露出補正のダイヤルも簡単便利、覗きながらクリクリと補正が出来る。
 そもそもSLの露出計が頼りないのだが、このダイヤルのおかげで全く苦にならない。M9と比べると全く失敗しなくなった。
 ソニーのα7だと同じような位置に同じようなボタンがいくつもあって覚えづらい。
 M9やM-Pもネットで探してはいるが、M型は諦めてもうこのライカSLで十分かなとも思い始めている。
 自分の撮影スタイルに合えばカメラなどなんでも良い。それがライカであれば尚いい。
 話しは長くなったが、それら一式を一澤帆布謹製の地質調査鞄に詰め込んだ。

 今日は一日やる事が多すぎる。
 撮影が終わったら、14時には船橋のららぽーとに行って先週購入したマイバイシクルを受け取り、そいつに跨り一旦家に帰って自転車を置いて楽器を担ぎ、ナムコスカイキッドなみのタッチアンドゴーで19時からはバンドの練習だ。
 それらすべてをこなすにはやっぱり朝早くから行動するしかない。とにかくまずは7時半の電車に乗るのだ。
 毎回私が一人で遊びに行く時だけウザ絡みをして邪魔をするドロンジョ様のような娘が、起きてはきたが、すんなり玄関で逃がしてくれた。
 なぜなら、嫁と娘はこれから埼玉県鴻巣市の花火大会に行くからである。
 まぁ、それはそれで寂しいもんだが、そんな毎度おさわがせな可愛い妨害も無く、今回は余裕を持って電車に乗り込んだ。
 京成津田沼駅で京成本線成田行きに乗り換える。ホームにはまだ朝の清々しい空気が残っている。
 向こう岸のホームでは快速電車を待つニキビ面の部活中坊グループの一人の肩をタタンッと叩く美人なお姉さん。歳の頃なら二十代半ば、白いざっくり胸の空いたセーター。
 これは完全に童貞モノAVのシチュエーションだが、現実世界では中坊が仲間に少しだけ冷やかされリアクション薄く対応、お姉さんは停車している各駅電車に消えていった。
 私は向こう側のホームへダッシュで渡り、丸めたエロトピアのカドでその中坊を殴りたい衝動に駆られながらも、すぐに来た特急成田空港行きにスマートに乗り込んだ。
 車内は田舎顔のジャージ姿の部活高校生と通路を塞がんばかりにキャリーを膝小僧の前に置いたわがまま旅行客、これは圧倒的にブスな女が多かった。
 なぜブスは海外旅行が好きなのだろうか、ブスは海外など行って日本の恥とならず、大鍾乳洞秋芳洞にでもひっそりと行けばよろし。
 などと大きなお世話を考えながら、しばらく吊り革に捕まり立っていたが成田駅まで気絶するほどあるので、ブスとブス、キャリーとキャリーの隙間にある極小空間の座席にお尻から越中詩郎ばりに滑り込んだ。
 何年窓掃除をしてないのか、京成電車の汚い車窓からは見事なうろこ雲が見える。お日さまが昇るにつれて天気は快晴へ向かっているのだろう。時折雲間から強い日差しが窓の汚れに負けじと車内を射す。
 やがて成田に近づくにつれて乗客は私とブスツーリストたちだけになってしまった。
 私は京成成田駅で下車し、徒歩5分の距離を歩いてJR成田線に乗り換える。ここで銚子行きの電車が来るまで25分の待ち時間がある。
 ささささっと朝食をかっ込もうと駅周辺をふらふらと探したが朝メシを食わせてくれる店が見つからずタイムオーバーとなった。シャッターを閉めた居酒屋なら、それこそ星の数ほどあるのにな。
 始発なので発車時間より早めに来た成田線に乗る。電車は一丁前に安全確認をするため5分ほど遅れた。
 まぁいい、旅は始まったばかりよ。成田線銚子行きの乗客はハイキング老人が圧倒的に多い。彼らはなぜ朝っぱらからそんなに元気がいいのか。機械のカラダを手に入れたのか。西友の駐車場のバイトでもやりなさいよなんて考えていたら、電車はいつの間にか動き出していた。
 さてと鞄からカメラを取り出し、巻いていたセーム革を外して首からカメラをかけ直した。これでスナップ撮影の準備は完璧である。周りからはロバートキャパばりに二枚目キャメラマンに見えているだろう。
 9時ちょうど、ものの13分、2駅で滑河駅に到着した。

 電車から颯爽と舞い降りる際、ホームとの段差がもの凄いことを知らずに足がカックンとなってしまった。我ながらダサの極み。
 降りたホームの反対側に改札口があるので陸橋で線路を渡る。改札口を出ると蜘蛛の子を散らすように老ハイキング客たちは何処かへ消えてしまった。


 ここまで家からジャスト1時間半かかった。私は一人ぼっちで単線の線路脇を銚子方面に向かって歩く。
 澄んだ空気、心地よい気温と湿度、青い青い空。この風、この肌触りこそ戦場よ。

 前回、安食〜滑河間で利根川沿い歩きを意識し過ぎたが為に撮れ高が少なかった。
 全く変わらない景色と記録的な猛暑のなか、ゴールがガンダーラなみに遠く感じた。
 そんな反省点を踏まえて、今回は川から少し離れて人里を歩こうと思う。そして、利根川とJR成田線が近い距離に平行に続くので目標地点を設定せず、疲れたらその時点で即座に駅へ向かうことにした。
 こうして線路沿いに歩くと少しずつ利根川から離れて行く。だが、視界を隔たる物が何もないので、いつまでも利根川土手が見えている安心感はある。
 さらにもっと向こうには茨城県の筑波山まで透け透けで見えちゃっているので、この先歩いても景色は今後何も変わらないことを目視で再確認した。

 お墓の横にある村の集会所でオババたちが寄り合いなのか井戸端会議をしていた。
 数人のオババたちは窓から訝しげな視線を光子力ビームのように私に送っている。
 私はその圧で窓越しのオババたちを撮影できなかった。

 ザ・ヴィレッジ。

 見た目には牧歌的だが、観光地ではないヒリヒリとしたリアルな田舎がそこにはあった。
 さらに村を奥へ奥へと進む。畑の入り口にボロボロのコンテナが置かれている。

 志摩スペイン村
 94.4.22.オープン
 近鉄物流


 と背面に印刷されていた。
 実にあじわい深い。どんな旅路を経て、三重県から千葉県成田市の農家にこのコンテナが流れ着いたのか。
 たまに成田線が田んぼの真ん中を通り過ぎるが、このタイミングで通過したら最高のロケーションなのになと思い、殊勝にも鉄オタばりに休憩がてら待ち構えていたが電車は一向に通らない。つまり本数が極端に少ないということだ。(1時間に1本だった)

 しかし、今回、利根川沿いを歩かなくて大正解だった。田んぼと集落の狭間は景色としてかなり面白い。この土地の人々の生活が垣間見える。
 野鳥もデカいシロサギがわさわさと生息しているが、コイツらは横着なので近づいても10mしか飛んで移動しない。ダイナミックな跳躍シーンは皆無だった。もっと跳べよ詐欺め。
 周りに誰もいなかったので不注意にも歩道の真ん中を歩いていると後ろから声をかけてきたクロスバイクの青年「自転車通りまーす」と礼儀正しい。
 この後、彼はもの凄く長くてキツい坂道をしゃかりきコロンブスのように登って行った。

 とうとう視界を隔てる里山を迂回したので利根川土手は完全に見えなくなってしまった。
 石油の移動販売車が止まっているが、ロゴや車体が古臭くて味わいあるので撮影しようと思ったら徐に走り出し、シロサギのように私の後方50mにちょっとだけ移動した。まだカメラも構えていないのに寂しい。
 カメラをぶら下げた私を警戒しているのか。サボっているところを撮影されたくないからだろう。

 天気もいいし、涼しくて快適なのだが、ここでひとつ忘れ物に気がついた。
 飲み物である。
 無いと分かると急に喉が渇いてくる。ヤバい。さっきまで全然平気だったのに。もう3キロほど歩いているのでここらで休憩もしたい。
 そもそも田舎というのは小さな公園が無い。座るベンチも無い。
 家の窓からの村人の目が気になるので、そこら辺の地べたで座るなんてことは出来ないのである。
 だから歩き始めたらほぼ歩きっぱなしである。それは結構辛い。
 例え誰もいない利根川の土手を歩いたとしても水門近くの階段でしか休めないことが多い。都会は他人に対して無関心だが、田舎だとそうはいかない。
 人が少ない分、常に他人を意識して生活している。私のような危険分子な他所者(よそもの)は監視されているので、都会を撮影するよりよっぽど気をつかう。
 しばらく歩くと奇跡のように突然ヤクルトの販売所が見えてきた。こんなところにぽつんと一軒ヤ。
 ありがたいことに敷地内に自販機がある。
 柵に囲まれているが出入りは自由のようなので敷地内に侵入し、ミネラルウォーターを購入した。
 購入しただけで喉の渇きは治まったが、悔しいので無理くりひと口だけ飲んだ。

 国道468号線をくぐると、今歩いている道が大室街道だということに気がつく。(おい、銚子街道はどこいった)
 特になんの変哲もない道であるが、ちゃんと名前がついている。
 この街道は滑河駅から線路沿いに伸びて、国道を過ぎた辺りから急に南下して山間を抜けて成田市街地まで続く。
 もちろん私は途中で大室街道をさよならして尚も東に歩き続けた。

 ここからは、Y字路選択、右か左か選手権に悩まされる。ぽつぽつとある里山を迂回するためだ。どう見ても左道が魅力的なのに線路から離れたくない一心で右を選択する。
 その里山は城址だった。下総小松城、小松城、そして神崎城。やっぱり左に行っときゃ良かったか。
 神宮寺という立派な寺で休憩しようかと思ったが、住職の目があるような気がして諦めた。
 鎌倉なんかの寺だと割りと普通に境内で休めるので、千葉の田舎と古都鎌倉の環境の違いを感じた。あまり神社仏閣に興味が無いのだが、ここは仁王門が素朴でいい味を出していた。
 左の仁王像の写真を撮り帰ろうとすると「俺は撮らぬのか」と言われたような気がして、右の仁王様もサービスで撮影した。

 しばらく歩くと遠く田んぼの向こう側で運動会が行われていた。放送部のアナウンスが風に吹かれて途切れ途切れに聞こえてくる。

 「かわいい……の……踊りをお楽しみください」

 ええい、かわいい何の踊りか気になるじゃないか!

 11時ちょうど、突然に下総神崎駅に着いた。余韻も前触れもなく、JA 農業協同組合の支店が一軒だけあって、ハイすぐ駅みたいな感じ。
 駅前のコインパーキングは一日200円だった。
 駅着!その瞬間、僅か0.05秒悩む。
 ではそのプロセスを見てみよう。
 もうひと駅足を伸ばすか、ここでギブするかだ。時間はまだある。いや、ここからさらに結構な距離を歩くのでここでギブしようそうしよう。その答えまで僅か0.05秒って宇宙刑事ギャバンかよ。



 まず駅に着いての最優先行動は時刻表を確認すること。
 田舎のダイヤはホラー映画より恐ろしい。突然数字だけで私に死の宣告をするからである。
 しかし、千葉行きの電車は11時21分に来るという。たったのあと20分。
 嬉しいことに空いた時間で駅前の町並みスナップをするという予定は叶わなそうだ。
 まぁ、どうせ次はこの駅からスタートするので気になればその時にねっちりやればいい。
 それよりも私は田舎のダイヤ運がすこぶる良いようだ。なぜならこの時間帯は1時間に1本。前回の滑河駅も確か15分しか待っていない。
 下総神崎駅は小ぶりだが凄く立派な駅である。駅横の待合室は多目的ホール「神崎ステーションホール」も兼ねている。
 しばらく長椅子に座ってヤットデタマンの大巨人のような私の可愛い扁平足ちゃんを労った。
 発酵の町を推しているらしく、醤油だの味噌だの粕だの酒だのがガラスケースに展示してある。売ってはいない。展示だけよ。なんならホコリを被っている。
 こういうのは農協の販売所か道の駅に行かないと買えないのだろう。
 ふむふむと展示品を眺めてから椅子に戻ろうとしたらテニス帰りのど派手なカッコの老夫婦に席を奪われていた。
 仕方がなくICカードをピッとして改札を通りホームに出た。
 ホームの端っこには階段に座り込み缶酎ハイを煽る人夫。素敵だな。わしも呑りたい。
 しかし、彼はどこの売店で買ったのだろう。調べるとコンビニまで600mもあった。
 のったりとのったりと来た四角い顔した成田線に乗り込むと車内はガラガラだった。
 いままで散々歩いて来た一駅分の道を電車で戻ると隣りの駅の滑河駅までは切ないほどすぐ着いた。



 JR成田駅で知人のラーメン通が勧めるラーメン屋に入った。
 店の外に4人並んでいてこれはラッキーと思い一番後ろについたが、店内に入るとさらに8人並んでいた。
 お勧め通り鶏白湯ラーメンの塩味を食べた。鶏白湯も塩ラーメンも好みではないのだが、朝から何も食べていないという追い風参考調味料もあるだろうが、非常に美味かった。
 替え玉はペペロンチーノだった。そのまま食べても美味だったが、店員さんが勧める通り残ったスープに入れてかっこんだらこれまた美味。
 これだけ並ぶと流石に美味いが、次は地元成田人気のもつ焼き屋「寅屋」で〆よう。

 替え玉も食べ終わり店を出ると店の前はとんでもない行列になっていた。
 歯に挟まったキクラゲをシーシーするのに集中していたのか、間違えて成田山新勝寺の表参道に出てしまった。
 参道の真ん中に立ち、ふと考える。
 私は今、縁あって成田街道沿いに住んでいる。ひょっとして、この銚子港までの旅が終わると次は成田街道を辿って家まで歩いて帰るのかも知れない。

 道は繋がっているのだ。

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