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土をふみたい 《畑日記172 2019/04/18》

ずーーーーーーと


ずーーーーーーーーーーーーーーっと

土をふみたい

て、

心のどこかで

思っていたんだ。

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私は、東京のはじっこで育った。

4歳のときかな?

今まで使っていた砂利道が
コンクリートに舗装されて、

三輪車を走らせやすくなった。

けど、ちょっぴり寂しくて。

コンクリートの灰色が好きになれなかった。

好きになれない、って嫌い、てことなのかもね。

幼い日の私は、
目の前の景色を好きになろうとしたんだ。

砂利道がなくなると同じタイミングで、
近所の土がどんどん無くなっていった。

残ってるのは神社のまわりぐらい。


学校の隅にある
園芸用の土とか、
校庭の砂とか、
人間のために整備された茶色は
私の求める「土」ではない。

それから先、
都会に出てアパートで暮らすときも、
バイトしてるときも、

ずっと

ずーーーーーーーーーっと


土をふみたかったんだ。

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土の感触を確かめたくて
裸足になった。


今の時期、葉っぱだらけで、
いわゆる「土」ではない。


けど、私にとっては
土なんだ。

私が踏みたかった土なんだ。


もっといろんな表情の土に
出会ってみたくなる。

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にんじんの種をまく前に、
じょうろで川の水をくむ。


なんだかもう、きれいすぎて
動画に撮る。

裸足になったり動画撮ったり、
こういう寄り道をしに、畑に通ってる。

作業はきっかけにすぎなくて、
寄り道こそ本題。


じいちゃんが子どもの頃、
ここらの川にはワサビが自生していたらしい。

コンクリート道路が出来て、
見なくなったと言っていた。


道路は便利、
水は好き。

どちらも私の景色の一員だ。

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