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【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「自爆神カミヤ」

 自爆神カミヤの殺戮は「会いたい」の一言からはじまる。
 セグメントシティ第85区画を崩壊させたとき、待ちあわせ場所にやってきた彼女は、椅子に座るなりカウントダウンをはじめた。
「4、3 、2、1」
 女の正体が自爆神だと判明したとき、その場の人間の運命はすでに決定していた。
 自爆したカミヤのアイデンティティは、すぐさま別の人格へと継承され、新たなる自爆神が誕生する。人々は自爆から逃れる方法を探そうとしたが、着席するなりカウントダウンを開始するカミヤから手掛かりを得ることは至難の業であり、130年ものあいだ、女性であるということ以外の情報を掴むことができなかった。
 人類と自爆神との戦いは壮絶を極めた。科学技術の粋を結集させた疑似魔法剣。魂を乳化させた半溶戦士のコア融合。自我継承の断絶を狙った文末少女の口寄せ。すべてが無駄だった。
 セグメントシティ最後の区画が自爆によって破壊されたとき、背景が血の色に染まり、画面全体にゲームオーバーの文字が表示された。
 
「つまらん。クソゲーだ」
 坂木道夫は乱暴にコントローラーを放り投げた。
 仮病を使って仕事を休み、発売日当日にゲームをプレイしている自分がバカらしく思えてくる。ベランダに出て全裸でタバコを吸っていると、高層マンションから見下ろす外界の景色がゲームよりも陳腐に見えた。
 欠伸をしながら室内に戻った坂木は、ディスプレイの端に表示された通知の存在に気づく。二股を隠して交際している女性、神矢ミチルからのメッセージだった。
 メッセージには「会いたい」の一言だけが書かれていた。
 
 ホテルのラウンジに現れた彼女は、いつになく着飾っているようにも見えた。
 ――部屋でも取っておけばよかったか。
 そんなことを考える坂木の対面に座り、神矢ミチルは優雅に脚を組む。
「4、3 、2 ……」
 突如カウントダウンがはじまり、坂木の手から携帯電話が滑り落ちた。
 待て待て待て待て待て。
 4からはじめる中途半端なカウントダウン。そんなことをするのは奴しかいない。
 自爆神。
 これは、現実なのか、ゲームなのか。
 最後の数字が告げられ、坂木の視界が真っ赤に染まる。
「浮気者」とカミヤがいった。

(了)