【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「天狗小隊」
天狗になるという言葉がある。いい気になって調子に乗るという意味だ。そこから名前を取って天狗小隊。正式名称は、私服待遇独立即応小隊だが、仲間内では、彼らは天狗小隊と呼ばれているとのことだった。
隙間時間の暇つぶしに彼らの一人と雑談していた坂木道夫は、その皮肉めいた呼称が、呼ばれる側の人物の口から発せられたことに違和感を覚えていた。
「笑ってらっしゃいますけど、そんなふうに呼ばれて悔しくないんですか」
すると、雑談相手の女性隊員は大きく首を振った。
「べつに悔しくなんかない。だってさ、ほかの隊じゃあ、ここまでの自由は認められないもん。妬まれんのは当然。そんなこと、うちら全員わかってっから」
ガシャドクロというコードネームを持つその女性隊員は、入隊前にスカウトマンを半殺しにしたことで有名なのだという。これもまた、彼女から聞いた話だった。
「うちらに不可能はない。天狗小隊マジ最強」
いつの時代も、一点突破の力を持つ者の常として、あたまのネジが外れているという特徴があるが、その例に漏れず、彼女からも破綻した気配が感じられた。
「ミッチーもさ、困ったことがあったら相談してよ。ソッコーで駆けつけっから」
とても、税金から給料をもらっている人間の言葉とは思えない。
「……あ、ありがとうございます」
要人警護の任に当たる彼らと、商談で立ち寄っただけの坂木。この場にいる目的はだいぶ異なるが、湖畔に建つこのホテルで、同じ時間にロビーに居合わせた偶然には、運命的なものを感じずにはいられない。
そう思わせる出来事が発生したのは、まもなくチェックインが開始する午後二時五十分のことだった。
ほかの隊員を紹介するといわれ、アマビエとロクロクビという、これまた奇妙なコードネームを持つ女性隊員二人に挨拶をしていると、近くにあるボート小屋の主人が、大声を上げながらロビーに駆け込んできた。
「大変だ。ヌシ様が生贄を!」
「落ち着いてください。なにがあったんですか」
半狂乱の男性をソファに座らせ、水を飲ませる。詳しく話を聞くと、湖で釣りをしていた男性が、勢いよく水中に引きずりこまれるのを目撃したのだという。
「隊長だ」
ガシャドクロがいう。
「助けにいくよ、ビエ、ロク」
立ち上がったガシャドクロの腕を、坂木は「待ってください」といって掴んだ。
「止めんなよ、ミッチー。隊長がヤバいんだよ」
「だってこの人、ヌシ様とか生贄とかいってますよ」
坂木はボート小屋の主人を指していう。
「これは絶対、危ないパターンですって」
「それってつまり、隊長を見捨てろってこと? ありえないわ。見損なったよ、ミッチー」
「せめて応援を呼ぶとか」
「大丈夫。うちらに不可能はない。天狗小隊マジ最強」
ガシャドクロを先頭に、アマビエ、ロクロクビと続き、天狗小隊の三人は外へ駆け出していった。
「これだから、調子に乗った若者は……」
深くため息を吐き、坂木はすぐに三人のあとを追った。
隊長が釣りをしていたという場所にやってくると、桟橋の上に手漕ぎボートがひっくり返っていた。
「でかいね。ビエ、イケそう?」
「ラクショー。十秒あればイケる」
答えるアマビエもまた、ガシャドクロと同様に、どこか破綻した気配を漂わせている。
機械脳を持つロクロクビは、すでになんらかの演算を開始していた様子で、ガシャドクロが視線を向けると、親指を上げて白い歯を見せた。
ガシャドクロは、掌に拳を打ちつけ、湖面中央の不自然に泡立った一点を見据える。
「隊長、いま助けます!」
呆然と見守る坂木の前で、天狗小隊による隊長救出作戦が開始された。
「海彦流、顕現の舞」
きっかり十秒かけてアマビエが奇妙な舞を披露すると、突然、湖面が光り輝き、中央に巨大な水柱が出現した。
「さすがビエ」
水しぶきに覆われ姿は見えないが、とてつもなく大きなものが、水柱のなかにいる。
彼女たちは、その一瞬を見逃さなかった。
「三次元トリミング」
ロクロクビが叫ぶと、湖面から突き出た水柱が、空中でぴたりと制止した。
まるで、現実世界から、その部分だけを切り取ったかのような光景だった。
続けざまに、ガシャドクロが胸元で印を結ぶ。
「連続口寄せ、無限テンタクルズ」
すると、ガシャドクロの背後がわずかに歪み、なにもない空間から、おびただしい数の木の根が出現した。意思を持った触手のようなそれは、ガシャドクロの乱暴なハンドサインに呼応して、一斉に水柱へと向かっていく。
根の一本が水柱に突き刺さった瞬間、「手ごたえあり」とガシャドクロは叫んでいた。
すべてが終わったとき、桟橋には女性たちの衣類が敷かれ、その上には一人の男性が寝かされていた。青白い顔で横たわる男性。天狗小隊の隊長は、救出されたときには、すでに息をしていなかった。
「ダメだ。死んでる」
ロクロクビが悲痛な面持ちで呟く。
顔を真っ赤にしたガシャドクロは、全力でその言葉を否定した。
「ばかばかばかっ! 隊長が死んでるなんていうな!」
「でも……」
「蘇生させるよ」
「えっ?」
「いいから早く! AEDを持ってくるよ!」
隊長の遺体と坂木を残し、女性たちはホテルへと駆け出した。
――さて、どうしたものか。
坂木は、何度目かわからないため息を吐く。
業務外でむやみに力を使うのは、本部の意向を無視した反逆的な行為とみなされる恐れがある。とはいえ、人の命がかかっているのであれば、命令違反も致し方ない。
坂木は大きく息を吸い、アステロイド級奥義「可逆」の構えを取った。
蘇生が終わったとき、息を吹き返した男性は、坂木を見て、
「おはようございます」
といった。
心臓が止まるような経験をしておきながら、これほどまでに平然としているのはおかしい。度量が大きいのかとも考えたが、それも少し違う気がする。
坂木は率直に尋ねてみた。
「驚かないのですか。あなた、一度死んだのですよ」
すると男性は、こう答える。
「俺様は最強だし、一度や二度、死んだところで、関係ないね」
天狗小隊の隊長として、これほど期待を裏切らない回答があるだろうか。
バカと天狗は紙一重。「降参だ」と呟きながら、坂木は桟橋をあとにした。
(了)