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『永遠にひとつ』第14話 甘酸っぱい思い出

 海外での授賞式に参加するために初めて乗った飛行機は、気圧の変化がちょっと不思議な感覚で気持ち悪かったですが、上空で安定飛行し始めたら、じきに慣れました。
 英語も、ラボに相談して、旅行前に追加学習したので、今は会話も読み書きもできます。遠矢と一緒に、知らない外国の街中を歩くのも刺激的で楽しかったです。

 生まれて初めて、『ナンパ』というものにも遭いました。
 カフェでお手洗いに行った遠矢を、ドアの外で待っていたら、外国人の男性から英語で話しかけられました。
「少しお時間良いですか?」
「何か私にご用ですか?」
「カフェに一緒に来た男性は、あなたのご主人? それともボーイフレンド?」
「いいえ、違います」
「そうなんだ。良かった。あなた、すごくセンスが良いですよね。自分に似合う洋服やアクセサリーをよく知ってる。アートとか好きそうだね」
「ええ、自分でも絵は描きます」
「やっぱり! 僕はミュージシャンなんだ。今度、時間をくれない? 良かったら、コーヒーでも飲みながら、もう少し話がしたいな」
「……彼女は、君とご一緒できない。もうすぐ日本に帰るし、私のパートナーだ」
 いつの間にか、私たちの後ろに立っていた遠矢が不機嫌そうに言い放ちました。ミュージシャンの男は、不満げに反論します。
「彼女は、あなたのこと、夫でもボーイフレンドでもないって言ってましたよ」
「確かに、夫でもボーイフレンドでもない。フィアンセだからね。さぁ行こう。ダフネ」
 私は、遠矢が私をフィアンセだと言ってくれたことにどぎまぎしました。ミュージシャンの彼に謝って、遠矢の手を取り、カフェを出ました。

「なんで、知らない男と話してたんだ」
「だって、時間を教えてくれって言ってきたんだもの」
 遠矢は、これ見よがしにハアと大きく息をつきます。
「それは、これから口説こうとする女性に声を掛ける男の常套句じょうとうくだ」
「口説く!? 私、アンドロイドよ?」
「君は、とても良くできているから、一目じゃアンドロイドだと分からない人のほうが多いだろう。それに、アンドロイドをパートナーにしている人間も、世間では結構いるんだ。日本では、いつも私と一緒だし、画家・光崎遠矢のアンドロイドを口説こうとするやからはいないから、油断していた。外国は盲点だったな」
 腹立たしげに、その薄い唇を尖らせている遠矢は、掴んでいる私の肘をぎゅっと引き寄せ、私の背中から身体を密着させてきます。

「私、遠矢のフィアンセなの?」
 どぎまぎしたあまり、変な質問をしてしまいました。遠矢も慌てています。言い訳が早口になっています。
「あれは……っ、嘘も方便ほうべんって言うだろう。あいつを追い払うのに、手っ取り早いと思っただけだ」
 私は、というか、月子さんは――見知らぬ男の人の目を引くくらいの外見らしいこと。他の男性が私に興味を持つことに対して、遠矢は嫉妬や心配をしてくれるのだということ。私は、胸の中に甘やかな気持ちが広がるのを感じました。

 夜の授賞式には、遠矢ご指定のターコイズ色のドレスを着、銀色のハイヒールを履きました。遠矢はブラックタイ。タキシードです。上背があり、目が見えなくても背筋を伸ばして歩く彼は、とても格好よく見えます。昼間のカフェでの出来事で遠矢は懲りたのか、パーティーの間はずっと私の腰に手を回し、他人に聞かれれば、
「彼女は私のパートナーです」
 躊躇ちゅうちょなく、そう答えていました。
 本当はパートナーではなく、ただのペットか娘だけれど、今夜は、パートナーとして振る舞っても許される。夢見心地で彼に堂々と抱き付きました。
(あっ。まただ……)
 若き日の遠矢がタキシード姿で微笑み、私に手を差し伸べる姿が、脳裏をよぎりました。彼の胸元には白い薔薇ばらのブートニア。これはおそらく、月子さんとの結婚式のイメージでしょう。
 前回のように漠然とした記憶ではなく、明確に月子さんの記憶を思い出してしまった。信じられない気持ちでいっぱいで、身の毛のよだつような恐怖を感じました。彼の腕の中で鳥肌を立て身震いしたことに気づいた遠矢は、寒がっていると勘違いしたようで、私のあらわになった肩や背中に優しく手のひらを滑らせ、撫でてくれました。

 彼の受賞スピーチは、私にとっては最高の贈りものでした。
「スポンサーの皆様、審査員の皆様、このような素晴らしい賞を私に下さり、ありがとうございます。ご覧の通り、私は現在、目が見えません。視力を失い、芸術家としてこれまでかと思いましたが、そのことこそが、『生きている』ことの尊さを私に気づかせてくれました。再び絵筆を握って、創作できるようになったのは、ここにいるダフネのお蔭です。芸術に対する造形深い彼女のサポート無しでは、今の私の創作活動は成り立ちません。まさに、二人三脚での受賞だと思っております。……ダフネ、さぁステージにおいで。皆様、彼女にも拍手をお願いします」
 感激で胸を詰まらせ、涙ぐみながらお辞儀をした私に、遠矢はキスしました。内心、私は叫び出したいくらい驚きましたが、パートナーにキスされて取り乱すのは変です。何とか、平然とした振りを取り繕いましたが、笑顔のまま、他の人に聞こえないよう遠矢に耳打ちしました。
「なんで私にキスしたの!?」
「だって、この状況でキスしないほうが変だろ? パートナーなのに頬やおでこというのも変だし」
「今の、私のファーストキスだったのよ! 女の子にとって、初めては特別なのに」
「えっ、そうだっけ? それにしては……、いや何でもない。奥入瀬に初めて行った時、自分からして来たことがなかったっけ?」
「あんなの、私が子どもの頃じゃないの! テレビドラマを真似しただけだし、意味も分かってなかったから、ノーカウントよ!」
「そうか。済まなかったな。じゃあ今度、必ず埋め合わせをするから。何が良いか考えておいてくれ」

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