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『永遠にひとつ』第19話 生まれてきて良かった (1/2)

 一方、吐露とろされた遠矢の本心を耳にし、私は、胸が跳ね上がるような喜びと感激を覚えていました。急には信じ切れないような気持ちも入り混じり、膝の上で手を握ったり開いたりせわしなく動かして、心を落ち着けようとしました。

 遠矢の次に証人喚問されたのは、神田博士です。彼は、淡々と事実を述べているように見えました。月子さんと私、他のアンドロイドの脳波を示し、いかに私が人間らしいかと説明しました。また、驚いたのは、私がラボを訪ねた時の動画が撮影されていたことです。顔をしかめて眉を揉みほぐす仕草や、スカートのウエスト部分を持って左右に揺すぶりながら中心を合わせる仕草を示します。
「これらは、人間でいえば『くせ』に近い仕草です。アンドロイドは、無駄な動きはしない。ですから、こういう癖は基本的にはありません。光崎氏から頂いた、生前の月子さんの動画にも同じ仕草がありますので、ご覧ください」

 委員たちは、私を実際に作った技術者から次々に示される私の人間らしさに目を丸くしていました。ギョッとしていた、という方が正確かも知れません。しかし、ダフネプロジェクトが始まった契機や、月子さんが実験台に選ばれた経緯に追求が及ぶと、途端に博士の歯切れは悪くなりました。

「自分の発案ではない。上からの指示だ」
「業界ガイドラインに反している認識はあった。しかし、これは問題ないからやるようにと強く命令され、逆らえなかった」
「対象者の選定に自分は携わっていない。光崎月子さんが選ばれた理由も知らない」

 委員たちは、事の核心に迫る証言を引き出せず不満そうでしたが、神田博士を解放することにしたようです。私の耳には、数人の委員のひそひそ話が聞こえました。
「こんな重大事件では、神田なんて、何の権限もない下っ端だろう。研究所長の四谷が本命だな」
 委員の人は、思ったほど証言が引き出せなかった苛立ちをぶつけるように、神田博士に皮肉な目を向けました。

「あなたにとって、技術者の良心とは何かをお聞きしたい」

 神田博士の顔が一瞬赤くなり、こめかみがピクピクと動いています。博士は低く抑えた声で委員に逆質問を投げかけました。
「皆さんは、まだ十分な耐用年数があるにもかかわらず廃棄されるアンドロイドが、どれくらいあるかご存じですか? そして、その廃棄理由が何かは?」
 博士の静かな憤りが伝わったのか、質問した委員は少し怯んだ表情を浮かべました。
「……いいえ、知りません」
「年間約十万台です。まだ全く壊れてもおらず、十分使えるにもかかわらず。最も多い廃棄理由は『飽きたから』です。アンドロイドは、自分を守る必要性がないと認識すれば壊されることに抵抗も嫌がりもしません。しかし、これまで誠心誠意仕えてきたマスターから捨てられてショックを受けないアンドロイドはいません。ペットの犬猫の殺処分数ですら、年間二万から三万匹だと言われていますからね。不幸なアンドロイドを減らしたい。そのために何かできることはないのか。それが、私の技術者としての良心です。
 短くないキャリアの中で、多くのマスターとアンドロイドを見てきましたが、光崎さんとダフネほど仲睦まじい組み合わせは、私は他に見たことがありません」

 最後に、と断って、神田博士が私に向き直りました。
「ダフネ。あなたは、この世に生まれて良かったですか?」

 ためらいながらも私は答えます。
「何の役にも立たず、こんな自分に存在意義があるのだろうかと、長い間思ってきました。更に最近になって、実は自分には月子さんの記憶が混ざっていると知った時は、とてもショックでした。私がこの世に存在することも、今のようなかたちに作られたことも、何一つ私の意志ではありません。ですから、私のことが報道されて、不道徳でいやらしい機械のように言われた時は、消えたいくらい辛かったです。
 ……でも、私を守ってくれ、生き甲斐だと言ってくれる人がいます。この人のために、自分の全てを捧げたいとまで思える人と出会えて、生まれて良かったと、今は思えます」

 神田博士の目を見て、はっきり答えると、彼は満足気に頷いていました。その充実した表情に私は確信しました。この人は、けして悪意で私を作ったわけではなかった。むしろ、私の幸せを心の底から願ってくれていたんだと。

 委員会の喚問は終わりました。今日は結論が出ないから帰って良いと言われ、どっと疲れが出てきました。
(あ。遠矢のところへ行かないと……)
 所在なげに椅子に掛けている遠矢を目にした瞬間、私の身体は熱くなり、胸の真ん中が痛くなりました。泣きたいような、嬉しいような、切ない感じ。
 この感覚は、私にとって初めてではありません。そうです。遠矢と初めて会った時と同じ感覚。

(ああ。これは、『愛おしい』って気持ちだったのね……)

 椅子から立ち上がった私は、自分の中の月子さんも遠矢を見て喜んでいるのを感じました。目の奥が痛むような、熱い感じがします。湧き出る涙をこらえ、感慨深く思いながら最愛の人に向かって歩き始めました。足音や気配で分かったのでしょう。彼も、私のほうを見て微笑んでいます。そっと手を添えて立ち上がらせると、彼は、強く私を抱きしめてくれました。

 その日の夕食が終わって、遠矢にお茶を出した時、私は切り出しました。
「今日、委員会で言ってたことは、本当?」
 さっと、しゅいたように遠矢の頬が染まります。
「今日は、ものすごくたくさん話したからなぁ。どの話のことだい?」
 彼は白々しく、とぼけようとしました。
「私を愛してるって」

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