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『永遠にひとつ』第16話 暴かれた秘密 (2/2)

『神田博士からの着信です』
 私は着信ボタンをタップし、スピーカーモードにしました。

「……光崎さん。こうなる前に、あなたに直接話したかった。私があなたに電話していることがバレたら、私ごときの細い首、簡単に飛ぶでしょう。でも、あなたたちを守るためにも、今、首を切られるわけにはいかないんだ。あまり多くの質問に答える時間はないが、事実を伝えたくて、危険を冒して電話しました」

「月子の記憶がダフネに入っているというのは、本当なんですか」
「……ええ。本当です」

 神田博士の固い声に、私は、心臓があったら止まったのではないかと思うほど驚き、息を詰めました。

「でも、それは禁止されてるんですよね?」
「いかにも。だから、このプロジェクトは弊社内では極秘扱いです。知っているのは、社内では私と、上司である研究所長の四谷よつたにと、部下の飯田ぐらいです」
「なぜ、わざわざ禁止されてるようなことをしたんですか」
「人間の形をしたアンドロイドは、もう何十年も作られている。見た目は完璧だ。だけど、『心』が追い付いていない。あなたもよくご存じでしょう? どうも、アンドロイドは情が薄くて味気ないんです。それで、みんなすぐに飽きてしまう。これでは、廃棄されるアンドロイドばかりで、産業や技術が発展しない。いけないのは分かっていたが、この実験で何らかの打開策が見いだせないかと考えた人がいたんです」
「……余命宣告され、自分のしろをこの世にのこしたかった月子は、ちょうど良いモルモットだったということか」
つつしんでお詫び申し上げます。光崎さん。本当に申し訳ありませんでした」

 遠矢は頷き、私に『電話を切るんだ』と合図します。私は、あまりに色々な気持ちで胸が一杯で言葉も涙も出ない状態でしたが、とにかく神田博士との通話を切りました。

「おべっかの一つも使えない、あの神田博士が言ったんだ。きっと彼の話は本当なんだろうな」
 苦虫を噛み潰したような表情で、遠矢は低く呟きました。しばらく考え込んでいた様子でしたが、ハッと何かを思い出したようです。
「そういえば、月子のネックレスのことだが。もしかして、君は本当に知っていた? 月子の遺志として」
「……ええ」
 ためらいながら私が小声で答えると、遠矢は大きく息をつきました。
「やっぱりそうだったのか……。なぜ、私たちに言わなかったんだ?」
「だって、怖かったんだもの! 月子さんの記憶が入っているって分かったら、私は不良品だからって、もしかしたら遠矢から引き離されるかもしれないじゃない。それに、他人の記憶が私の中にあるなんて、信じたくなかったのよ!」
 べそをかきながら叫ぶ私に、遠矢は腕を開いて差し伸べます。
「おいで、ダフネ。……可哀想に。きっと、怖かったし、すごく悩んだよな。気づいてやれなくて、ごめんな」
 久しぶりに、優しい声で子どもを甘やかすように私を宥め、背中を撫でてくれる遠矢の胸に身を預け、私はしくしくと涙が流れるに任せました。

 私は強い衝撃を受けていました。自分が感じたり考えたりしたことだ、と思っていたのが、実は月子さんだったのかと。遠矢に惹かれたことすらも、月子さんの記憶だったのでしょうか。もはや自分の立っている場所すらも分からないような気持ちでした。
 そんな私の不安をあざ笑うかのように、マスコミの報道は激しくなっていきました。どうやら、人間の記憶の一部をアンドロイドに移植する極秘プロジェクト――コードネーム『ダフネ』――は、アメリカに後れを取るロボット・AI分野の産業発展により国威高揚を図ろうとする、とある議員のアイデアにより始まったようです。その議員が、産業省の懇意な官僚を巻き込み、日本国内最大手企業に声を掛けたようです。ダフネプロジェクトに協力した企業だけに、そうとは分からない名目を付けた補助金や税金免除などの優遇を見返りに。
 告発したのは、アメリカのジャーナリストでした。彼は、出所は分からないものの、なぜか私のデータが多数含まれた未公開論文を持っていました。そのデータの信ぴょう性について、彼は、アメリカのアンドロイド技術の第一人者、キング博士に照会したそうです。
「アンドロイドの弱点である情動の乏しさに対して、私自身、過去何度も、複数の人間の記憶を加工してAIに追加したことはあります。ですが、与える人間の記憶が、多人数のものになればなるほど、平均化するほど、普通のAIになってしまうのです。論文中にあったアンドロイドのデータを見ましたが、これは普通のAIとは明らかに異なっています。かなり人間に近い脳波データであることは間違いありません。このデータが、特定個人のデータをAIに加える悪魔の実験結果を示している可能性は高いと考えます」
 キャシー・キング博士は、意志の強そうなしっかりした顎、通った鼻筋、度が強くてふちの太い眼鏡を掛けた痩身そうしんの女性技術者でした。理路整然と説明され、最後には『悪魔の実験』とまで言われたことに、私は打ちのめされました。

 メディアの反応は二極化していました。一つはいわゆる人権擁護派の人たちで、私のようなアンドロイドは『不道徳だ。破壊されるべきだ』というのが彼らの主張でした。彼らは、激しく私を忌み嫌いました。人間にしか持ちえない心や魂を持っている、永遠の生命。もはやそれは神の領域であり、人間が作るべきではないと。

 もう一つは、遠矢と私のプライバシーに土足で踏み込む野次馬根性丸出しの人たちです。亡き妻を若き日の姿で再現した遠矢はロリコンに違いないとか、ダフネはパートナーではないと以前は言い張っていたのに、先日ニューヨークでは公衆の面前でキスまでして見せたとか。もはや実質は夫婦関係に違いないと、授賞式の映像の中で、特に二人の距離が近いところだけを切り取って何度も流しました。

 どちらの意見にも、私は傷つきました。悪魔の実験で作られた、許されざる存在だと言われることにも。遠矢にとっての性的魅力を増すために、亡くなった奥さんを利用していると非難されることにも。

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