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『永遠にひとつ』第13話 ときめきとおののき

 応募した初めての海外のコンクールで賞を獲り、遠矢は授賞式に出席すると言い出しました。
「ダフネも一緒に来てくれるだろう?」
「私、パスポート持ってないのよ? 人間じゃないんだから」
「じゃあ、ペットとか手荷物と同じ扱いということか。それも失礼な話だな。でも、逆に言えば、航空券さえ買えば良いんだな?」

 こうして、私は、遠矢と一緒に初めての海外へ行くことになったのでした。

「ダフネ、授賞式に黒のドレスなんてダメだぞ。せっかくの君の若々しさが台無しだ」
「ええっ? 何色を着たって、遠矢には見えないじゃないの」
「自分の隣に、黒いドレスの君が立っていると考えたら我慢ならん。もっと華やかな、綺麗な色にしなさい。そうだな……。作品の色とも合うし、君にも似合うから、ターコイズなんてどうだ? デザイナーを呼ぼう。見繕って、幾つかサンプルを持ってきてくれとね」
 こうして、遠矢は、旅行着と、授賞式に着るドレスを買ってくれました。デザイナーさんが家に来てくれた日は、弓美さんも来てくれて、張り切って一緒に選んでくれました。
「弓美さん、こんなオフショルダー、大人っぽすぎて、私、恥ずかしいわ。こっちのボウタイ付きワンピースのほうが良いんじゃないかしら」
「あら、ダメよ! 夜のイベントだし、兄さんの正装に合わせて、あなたも肌を出したロングドレスを着なくちゃ。それに、あなたは首が長くてデコルテが綺麗だから、思い切って襟元を開けた方が垢抜けて見えるわよ」
 弓美さんは、ファッションに関しては一家言あるので、胸元や肩があらわになる大胆なドレスを私に強く勧めます。困り果てた私に、無言で遠矢が歩み寄り、身体の輪郭を触り始めるではありませんか。
「えっ、ちょ、ちょっと! 何するの?」
「うん。触った感じ、この服はダフネにサイズがピッタリだ。素材感も良い。これにしなさい、ダフネ」
 私は、肌を大きく露出するドレスを着たり、遠矢にじっくり身体を触られたりするという不慣れな体験に、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなりました。しかも、赤面する私を、弓美さんがニヤニヤと眺めているので、決まり悪いこと、この上ありません。

「そうだ。そういうデザインのドレスを着るなら、ネックレスを付けたらどうかな?」
 弓美さんが、納戸から幾つかビロードや革の張られた小さな箱を持ってきてくれました。
「小粒のパールがレースみたいに編まれていて、合間にところどころダイヤモンドが入っているネックレスがあったと思うんだ。確か、紺色の箱だったかな」
 弓美さんが、遠矢の言ったとおりのネックレスを見つけ、私の後ろに回って、金具を留めてくれました。
「うん、華やかさと可愛らしさのバランスが完璧ね。清楚なダフネと、シンプルなドレスのデザインを引き立ててくれてる」
 真珠の控え目で艶のある光沢と、ダイヤモンドの煌めきが、とても綺麗なネックレスです。まるであつらえたように私の鎖骨の周りを飾ります。ただ、私には引っ掛かることがありました。

「でもこれ、月子さんの形見で、弓美さんのものになるはずじゃない?」
 私がおずおずと口にした瞬間、遠矢と弓美さんが固まりました。
「……確かに月子は生前、これを形見分けとして弓美に貰って欲しい、と言っていた。だがこれは、月子の実家に代々伝わるものなんだ。嫁ぎ先の義妹にあたる弓美ではなく、月子の実家側にこれを付けるに相応しい年齢の女性が現れるまでは、いったん私が預かることにしている。そんな話、君にしたことはあっただろうか」
 遠矢の声も表情も困惑しています。弓美さんは、明るい声で早口に言いました。
「兄さんたら。そんな怖い顔しないで? ダフネが青ざめてるじゃない。この家の納戸から持って来たんだから、月子さんの形見だろうってことは、誰にでも想像つくし、こんな立派なネックレス、誰かに形見分けすべきなんじゃないかって考えるのは、何にもおかしくないわ。義理とは言え、月子さんの妹の私が、今ここにいるんだから、ダフネが私に気を遣ってくれたんでしょうよ」
 遠矢も、追及しても仕方ないと思ったのか、表情を和らげました。

 遠矢と弓美さんは、この件を水に流してくれましたが、内心私は激しく動揺していました。
『この話は、遠矢から聞いたものではない』と、私自身が確信していたからです。そうかと言って、弓美さんがフォローしてくれたように、私の想像や当てずっぽうで言ったわけでもないのです。

 私は、『知って』いました。
 亡くなった月子さんが、自分のネックレスを弓美さんに譲りたいと考えていたことを。

 遠矢や弓美さんから聞いたわけでもない過去の事実を、なぜ私は知っているのでしょうか? 一瞬、恐ろしい考えが私の脳裏をよぎりました。
(……でも、それは禁止されているはずだもの。曲がったことの大嫌いな神田博士が、そんなこと、するはずないわ)
 私は、この出来事に蓋をして、見なかった振りをしました。そして自分に言い聞かせました。
(知っていたんじゃなくて、単なる私の思い付きよ。だって、こんなに遠矢や弓美さんと一緒にいるんですもの。彼らと一緒にいた月子さんがどんな考えの人かも、分かるようになってきただけよ)

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