見出し画像

『永遠にひとつ』第17話 ただひとつの願い (1/2)

 スクープが報道された当日に一度電話をくれたきり、神田博士からは、その後、全く連絡はありませんでした。セントラル・インダストリーも、『現在社内にて事実関係を調査中のため、コメントは差し控えたい』と発表したきり、彼らが作った私を守ろうとはしてくれません。
 そうこうしているうちに、私たちを揶揄やゆ・中傷する手紙がポストに投げ込まれるようになり、塀に昇って、自宅の中にいる私たちの姿を隠し撮りしようとする人まで現れるようになりました。怯える私を見かねて遠矢が警察に連絡し、自宅前に警官の常駐ボックスを設置してもらうことになり、嫌がらせ・悪戯は収まりましたが、私はすっかり世間の目が怖くなり、外出できなくなってしまったのです。

 このまま逃げ続けるわけにはいかないかもしれないけれど、人の噂も七十五日。どうにかやり過ごしていたら、みんなの興味はよそへ移っていかないだろうか……。そんな風に私は密かに期待していました。しかし、状況はそれを許してくれません。ダフネプロジェクトの事実確認と、今後の対処を決めるための委員会が開かれることが決まり、重要関係者として遠矢と私も出席を求められたのです。

「どうしても行かなければいけないの?」
「私は行くよ、ダフネ。私たちは何も悪いことはしていない。逃げも隠れもしないことで、潔白を訴えるつもりだ。何より、君を守るために、黙って手をこまねいているしかない現状に耐えられないんだ。君は嫌かもしれないが。分かってくれないか」
「…………」
 遠矢には、全く迷いはないようでした。でも、私は怖くて仕方ありません。自分の存在を否定され、ないがしろにされて自尊心は傷つきましたし、不快感、いきどおり、恥の意識などがないまぜになっていました。

「遠矢。私は正直言って怖いわ。だって、誰も私の味方はいないのよ? みんな、私が不道徳に作られたいやらしいアンドロイドだと思っている。そんな人しかいない場に出ていくなんて、気持ち悪いし、苦しくて耐えられそうな気がしないの」
 彼はソファで隣に掛けていた私の手を取り、優しい声で囁きます。
「委員会に行っても、君は何もしなくて良い。座っているだけで良いよ」
 彼が私を案じる優しさに胸が一杯になり、私は彼に抱き付いて、コクコクと頷きました。こうして、私たちにとっての審判の日が決まったのです。

 委員会前夜。緊張で眠れず、意味も無くリビングに降りて行った私は、そこに遠矢の姿を見つけました。
「遠矢! あなたも眠れなかったの?」
「……ああ。色々なことを考えてしまってね。あれを聞かれたら、こう答えよう、なんてシミュレーションしはじめたら、すっかり冴えてしまった。ダフネ。私を庭に連れて行ってくれないか」

 庭のベンチに二人で並んで腰かけました。季節は、春から初夏に移り変わろうとしていました。
「ダフネ。星は見えるか?」
「ええ。今夜は晴れているのね。よく見えるわ。夏の大三角が綺麗よ」
「もうそんな時間か。寒くないかい?」
 確かに初夏の夜風は少しひんやりしていました。遠矢は、私の肩に手を回し、自分のほうへと私の身体を引き寄せました。必死に抑え込んでいた不安が、彼の温もりにホッとした瞬間、口からこぼれ落ちます。

「遠矢。私、やっぱり怖い。今のまま、あなたと一緒にいたいの」
「どんなことがあっても、世界中を敵に回しても、私が君を守るよ」
 静かな、しかし揺るぎない決意を秘めた声で呟くと、彼は強く私を抱き寄せました。
「……私を離さないでね」
 無言で私の髪に口づけ、彼は頷きます。世界で二人きりになった気持ちがしました。神様。どうか私から遠矢を奪わないでください。遠矢から私を奪わないでください。

 翌日の委員会には、遠矢はいつも通り、黒いサングラスを掛けただけで顔の傷を隠さず出席しました。委員たちが、彼の痛々しい姿にざわついたのを感じ取ったのでしょう。遠矢は気楽な調子で言いました。
「ああ、ひどい見た目で失礼します。私は自分の外見にはほとんど関心がないんです。なにせ、見えないものですから。ちなみに、ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、私が失明したのは、ここにいるダフネを守るためです。大切な人を守れて、創作活動も、それまで以上に続けられているのだから、全く後悔はありませんがね」
 彼は手探りで、テーブルの上に置かれた水の入ったコップを掴み、一口飲みました。
「うん。これはフランスの硬水ですかな。わざわざミネラルウォーターをご用意いただいて恐れ入ります。……ご質問をどうぞ。何でもお答えするつもりで参りましたので」
 彼の堂々とした様子に、既に委員たちは気圧けおされています。

「……では、まずお尋ねします。光崎さんご自身は、若き日の奥様と同じ姿でアンドロイドが作られることを知っていましたか? 知った時、まずいと思わなかったのですか?」
「神田博士からは、同じ顔・姿を再現するのが月子の要望だったと聞いていました。それは、私を後に遺していくことに申し訳なさを感じた彼女の最後の愛情だと、私は受け止めました。だから、顔形について私からは何も言わず、月子の希望通りで、とだけ言いました」
「そうですか。ちなみに、ダフネに亡くなった奥様の記憶が組み込まれていることは、全くご存じなかったのでしょうか」
「全く知りませんでした。見た目が、若い頃の月子に似ているとだけ聞いていましたから、ダフネの思考や感情は全て彼女固有のものなんだろうと思っていました」
「他のアンドロイドと明らかに違うとか、亡くなった奥様をほうふつとさせるとか、そういう場面はありませんでしたか?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?