私は何を怖がっているのだろう
七夕を前にセミが鳴きだした。シャンシャン言うのはクマゼミかな。
毎日スマホ片手にパート探しをしている。
桜の季節には新しい仕事をしているはずが、セミが鳴いても仕事が決まらない。
仕事が決まらないのは、2つ。1つは、自分で条件をせばめているから。もう1つはやりたいことが見つからないから。
今まではやりたいことだったので、時給や勤務時間が希望に合わなくても、折り合いをつけていた。不満もいっぱいあったけど、やりがいがあったし、学ぶことも多かった。 初めての職場にとびこむのは、もちろん不安や緊張はあったけど、好奇心の方が勝っていたから、なんとかなるさと、とびこんでいけていた。
働かないかと声をかけてくださった方がいたことも、ありがたかった。
今だって、声をかけてくださった方たちに、仕事はないか尋ねてみればいいのに、私がブレーキをかけている。だいたいどんな仕事かイメージできるし、好きな仕事だと思う。でも、ブレーキがかかる。
なんだろう。
新しい仕事を探しながら、今まで自分が見たことのない世界をみておう気持ちもわく。同時にブレーキがかかる。
エイヤッと応募してしまえば、面接に行くけれど、話を聞きながら、とんでもないくらいにひるむ。ギュンギュンブレーキがかかる。
そうなると、折り合いをつけようと言う気がおきない。できない理由ばかりを考えては、あきらめて、自分にも、仕方がなかったんだよと言い訳をする。
そんな不甲斐ない自分をどこかで眺めながら、ガンバレ、大丈夫だと応援してみたり、バカか何をわがまま言っているんだとさげすんでみたり、なんとかこの状態を脱しなくてはと、焦ってみたり、いろんな自分が出入りしている。
失敗するのが怖いのか、人とうまくいかなくて、傷つき傷つけるのが、怖いのか、かつて悩んだ不快な状況と、巷で聞く噂程度の不快な状況と、そうはならんやろという状況と、いろんなパターンが渦巻く。
迷惑をかけたくないという思いも、必要以上に強くて、ひるむ。
何が自分の中で起きているのだろう。
強い不安と、一方で、この状況を変えてみせるぜ、これからの自分を変えるぜという、根拠のない自信がわいたりして。
自己啓発的なパート探しとなっている。家事もたいしてやってなくて、毎日何をしているのか。
庭の植物を見て、小さな生き物の動きを見て、おお生きてる、生きてる。私も生きてるわと確認する。
今があることを、家族が元気でいることを、大事な人が元気であることをありがたく思いながら、この穏やかな日々が続きますようにと祈りながら、自分のできるささやかなことをやりながら暮らしている。
幸せだと思う。
ねえ、私は何を怖がっているんだ?
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