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大丈夫が必要だった。

 5月頃から、入力と出力のバランスが崩れている。心も体も。

おとさんがゴホゴホズーズー咳と鼻水がにぎやかになって、黄砂かなと言っていた頃、私も1週間遅れでゴホゴホズーズー。
 おとさんが喉が痛いと言い出し、なんだか倦怠感でぼーっとしだした。熱はない。
 しばらくすると私も同様に喉が痛いし、倦怠感。
 6月には仕事を決めて働き始めるはずが、ゴホゴホズーズーで面接にも行けない。食欲も落ちた。体重も落ちた。これは万歳。
 気持ちの上でも、いろいろ受けつけない。読みたかった本を開いても、人から話しかけられることも、そしてあんなに働きたいとはりきっていた仕事探しも、なんだかパッキンのついた蓋が私の入力部分をしっかり閉ざしたようになった。
 そして、鼻水ズーズーも咳ゴホゴホもいつまでも続いて、奥底にドンと居座っているものは出したいのに微動だにせずという感じ。
 病院で薬を処方されたけど全く効く気配もない。左の耳は中耳炎になったらしく痛むし、右手を動かすと胸のあたりが締めつけられるような痛みが出てきて、ため息しかでない毎日になった。
 じわじわと追い詰められると、自分にも人にも求めることが増えてきて、求めに応じられないと、恨み言が募る。これくらいのことをなぜできないかと憂う。
 実家でご飯を作っても、話しかけられるとしんどくて、いつもならまあいいかと思うことも気になって一人でぼやいてため息をつく。
 大丈夫?と心配されるとますますしんどくなる。
 ああこりゃだめだと思い始め、ここからなんとか浮上せねばと焦る。
 そうこう焦りを感じているところで、息子の月までもゴホゴホズーズー。彼は、高熱を出した。1日で熱は下がったが、いつまでも体力が戻らず、午後にはフラフラすると言うから、学校へ送り迎えする日々になる。
 これが6月の半ばのこと。相変わらず私もおとさんもゲホゲホゴホゴホ。夜は3人で咳きこみ大会。寝不足だ。症状は快方に向かっているように思うけど、いつまでもスッキリしない。
 ある日突然、心が折れた。ポキン。な~んにもしたくない。考えることはいつも心配ばかり。息子の月の体がこのまま戻らなかったらとか、仕事もうまくいかなくて、迷惑をかけるのではないかとか悪い方悪い方へ考えが向いていく。
 入力も出力もバランスが崩れまくって、ズボズボ沼にはまっていく。
 そんな時だ。
 外出中に、近所で火事があって、車が通れなくなっているので、帰宅の際は気をつけてとお隣さんからラインが来た。お隣さんとはあまり顔は合わせないけど、会えば挨拶するくらいのおつきあい。気にかけてくださったことが嬉しかった。
 しばらくすると自治会の側溝掃除があった。おとさんが行くはずが、ゲホゲホがぶり返したので、まだマシな私が行くことになった。
 12人の班員で側溝掃除。消防団の方が中心になって、消防ホースで側溝に放水。みんなで声をかけあいながら、テキパキとすすむ。
 普段全く顔をあわせないのに、とても息があっていて、気さくにおしゃべりして。そこに小学生の男の子と3歳くらいの男の子も加わって、大人に混じって一生懸命働いている。大人も一人前に任せて、丁寧な説明もされていた。2時間ほどの長丁場を集中して働ききっていた。
 10年くらい前にできた私たちの班は引っ越して来たひとたちの集まりで、班長もまだ初めての回の方ばかり。慣れないけれど、皆さん協力的なので助かるのだ。
 班長さんがこれから先ずーっと暮らしていくこの班が協力的な方ばかりでよかった〜と言われるのにうんうん頷きながら、よその子どもにも丁寧に接して、おおらかな方ばかりでよかったねえ、こういうのって出てみないと何が行われているかわからないね、知ることができてよかったねえと話しながら帰った。楽しかった。
 周りの人の安心感で、カチコチになっていた気持ちがほぐれてきた。素直に人の話が入ってきて、うんうんと頷いていた。
 ちょっといい感じ。
 ゲホゲホは少なくなってきたけど、今度は声が出ない。あ、耳の痛みはおさまった。
 どの仕事を見ても、働きたいと思うのでなく、働かなくてはという強迫感でしか見れなくなって、踏ん切りがつかない。
 約束を断って、朝おとさんと月を送り出して、一人になった時、珍しくテレビをつけた。
 押しつぶされそうな毎日の中で、仲間を見つけ一生懸命生きている人たちの姿を見たら、一筋涙が頬をつたった。みんな幸せになるために生きているから大丈夫だと思った。
 大丈夫。
 私が必要だったのは大丈夫と自分で思うこと。
 フラフラするという月の顔色をうかがって、不安ばかりでドキドキしていた。行きたくないなあと言いながら登校した月の心配をしてばかりいた。
 月についても大丈夫だと思ったその日、月が珍しく、
「今日は美術と技術が楽しかった~」
と帰ってきた。
 毎日心配するのをやめた。体調の確認はするけど、事実だけとらえて、よし大丈夫と心の中で確認する。疲れたと帰っても、鼻歌を歌ったりしているので、安心している。
 そして、図書館で、予約していた西加奈子さんの本を借りることができた。
 すーっと読める。がんになって不安な西加奈子さんの話が描かれているけど、この方の描く世界は不安や押しつぶされそうな苦しい現実がいっぱいでも必ず前へ進んでいく安心感がある。
 しなくてはならないと縛りつけていたものがとれて、仕事探しも素直な気持ちで冷静に考えられるようになった。
 まだまだ揺らぐ。落ちていくこともあるだろう。
 でも、大丈夫。
 さて、本を読もう。
 今日は夏至。
 今年珍しくたくさん花を咲かせた沙羅が最後の一輪。美しい。


 

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