おとさんの夏休み②旅をしようよ
夏休みの終わりに家族旅行を計画し、楽しみにして夏休みを迎えようという矢先、月が学校の課題を出していなかったことがわかった。
受験生としての自覚がたらーんと緊迫した状況になり、もはや旅行どころではないかというくらい。
おとさんがこれほどに緊迫したのは初めてではないかしら。
月に悲しい思いをさせたくないのだ。
私も悠長に大丈夫なんて言っていたけど、これはいかんとなった。
月に課題提出の意味を話して、無理なら無理で相談をするとか、放りっぱなしにしないことを話す。そして仕切り直し。夏休み前半は課題をしっかりやって、けじめをつけてスッキリ。
心なしか月が明るくなって、饒舌になった。
夏休みの始めは、この課題と高校見学。シャンシャンというクマゼミのにぎやかな声を聞いて、暑い中ヘロヘロになった。
シャンシャンクマゼミの声がいつの間にかツクツクボウシに変わり、なんだか今年は酷暑のわりに秋の兆しは早いなあと思ううちに、8月の半ばは甥っ子たちの来訪で月は楽しそうだった。
おとさんは相変わらずの疲れっぷり。旅の話をするでもなく、少々暑さにもへこたれながら暮らしていた。
だんだん朝は8時すぎまで寝ていることが多くなった。
私はツクツクボウシがなきだすのを聞きながら、2人が起きてくるのを待つ間、ガイドブックや金沢の本をめくっていた。
金沢へ行く日は、7時には家を出たい。さあて起きることはできるのか?気持ちよく眠っている人を起こすのは苦手なのだ。
いよいよ旅に出る日。幸い天気は晴れ。ちょっと暑すぎ。日本海側は危険な暑さだとか。
おにぎりとお味噌汁の簡単朝ごはんを用意して、寝室へ行くと、すんなり目覚めてくれた。
おとさんは旅先での着替えを準備。みんなで朝食をすませると、さあ出発。
珍しくたくさん花を咲かせたオジギソウの花をイヤリングにしたたぬきさんに留守番を頼む。
車中は月が選んだ曲が流れる。統一感がない音楽が嫌だとおとさん。月とおとさんがああだこうだ言っているのを聞きながら私はぼんやり景色をながめる。
空は澄んでいて、なんとなく秋の穏やかな感じだけど、暑さはジリジリ。
途中で寄ったハイウェイオアシスも暑くて、ひまわりもバテていた。
私たちも歩く気がしなくて、お土産店だけ見て早々に退散。
暑い中ずっと立っている警備員さんに頭の下がる思いだ。倒れないでね。
車はスムーズに進む。途中富山の黒い瓦屋根の集落は見事だった。稲も育ってきた中に、どんと建つ立派な黒い瓦屋根の黒い壁のお屋敷の美しいこと。
小矢部のメルヘン建築もいくつか見えた。学校や保育所がおしゃれで凝った建物でワクワクしてしまう。ドームがあったり、塔があったり、レンガ造りだったり。
景色を楽しんでいるうちに、、兼六園に着く。駐車場の立派さに怯み、安そうな所に止める。そして、バス移動。
スマホで1日乗車券を買う。3人分がおとさんのスマホの中にある。
はぐれないように、スマホの充電もチェック。大きな3人がのそのそと連なってバスに乗り、のそのそと降りる。
兼六園のバス停を降りると、金箔ソフトクリームが目に入る。
案の定、月の目が輝く。
ふと見ると、兼六園まで何軒も金箔ソフトクリームがあり、価格も違う。780円だったのが、1000円になり、中には金箔、銀箔両方もあって1000円を超えていた。
金箔でまいたお団子もあった。
月は最初の所がいいと、戻りかけた。おとさんは暑いので戻りたくなさそうで、兼六園を見てからねと、ソフトクリームはおあずけ。
けっこう人は多くて、海外の方もみえる。タンクトップに短パンなんて姿も見えるけど、肌が真っ赤だ。
並んでチケットを買って、兼六園へ。どこをどう歩いたらいいかわからないままに、流れに乗って歩く。
月はお土産屋さんやお茶屋さんがあると、チェックしに行く。
あちこちから支えられた松の木におお〜っと声を上げ、歩く。
ミンミンゼミが一声ないた。
兼六園のセミは心なしか品があるね〜とおとさん。
朝から夕方までシャンシャン降るようなクマゼミの声や、クマゼミに代わって、リズミカルなツクツクボウシの声を聞き続けてきた日々だからね。
歩いて行くと、ずらーっと行列。何かと思ったら、琴柱灯篭と写真を撮る人の行列だった。
これが兼六園?とおとさん。
琴柱灯篭見ると兼六園来たなあって感じではあるねと笑う。
お土産屋さんを1軒のぞいて戻る。納豆餅は甘納豆かと思ったら、納豆だった。
戻っていくと、浴衣姿の若い女性たちとすれ違う。浴衣は涼し気だけど、女性達の顔が死んでいる。
暑いだろうなあ。慣れない下駄だし歩きにくそう。
ソフトクリームを食べに戻っていくと、だんだん浴衣姿の女性達の、表情が明るくなる。
浴衣を着てすぐは嬉し楽しだけど、兼六園に着く頃にはあっという間に暑くなるので、ヘトヘトになるのだ。
ソフトクリームも溶けるのが早くて苦労していた。
金箔は味がないから、もう今後は食べないと月。
まあそうでしょうな。金箔が歯や口の周りにつくのが見ていておもしろかったよ。いい経験をした。
今度は九谷焼が並んでいるお店に入る。九谷焼はあまりそそられないと言っていたおとさんだけど、実際見てみると、しっかり心を鷲掴みにされていた。
気がつくとお昼時になっていた。近江市場で海鮮丼という予定だったけど、月が楽しみにしていた金箔貼り体験に入った。すぐ終わるかと思ったら、40分くらいかかるとある。
おとさんは表情が曇ったが、約束したものだし、ええいと申込む。手鏡や小箱や小皿などがあったが、月は菓子器にするという。
受付の男性1人しかいなくて、この方が、受付し、他の体験の方の説明に回っているので、待ち時間が長い。
まずは図案を決める。菓子器は図案2つ選べるので、月は灯籠と北陸新幹線を選んだ。図案はすぐ決まったが配置に悩む。
アドバイスを求めながら、やはり自分が考えていたことを貫くのが月らしい。
説明に来て下さるのを待ちながら、おとさんだったらどれ選ぶ?なんて話をしていた。
外がざわつくので、何かと思ったら、13時からの和菓子作り体験の受付だった。
おとさんがのぞいた。
受付に3人もいて、1人は退屈そうなんだから、1人くらいこちらを手伝いに来てくれたらなあとつぶやく。
そうして待っていると、説明に来てくださった。
まずは決めた図案の型作り。水色のビニールテープを針先でめくり、ピンセットに持ち替えてめくりとる。新幹線の細かい所に苦労していた。
できましたと呼びに行って、しばらく待つ。
月はそれなりに緊張して、金箔を貼るイメージを膨らませている。
次は透明なテープを型紙に貼りつけ、爪でこする。そして、それを金箔を貼る菓子器の蓋にのせて、透明なテープをめくりとると型紙だけが残る。
できましたと呼びに行くと、もう1枚も同様に。透明なテープは何度も使っているようで、金紛がついている。2枚くれたら、呼びに行かなくてもいいのになあと思っていたけど、大事だったんだな。納得。
2枚の型紙が貼りつけられると、接着剤を塗ってくるので、しばらくお待ち下さいと言われる。
この頃になると2人の女性スタッフが説明に入っていて、あちこちで体験が進んでいた。
金箔が来て、くしゃみしたら、いかんね〜なんて話していると、女性スタッフが、金箔と小箱の蓋を持って、やってきた。
金箔をなるべく型の上にのせたいけれど、ずれても大丈夫と教えてくださる。
ファサッと落とすとずれた。
2枚目は成功。
爪をたてずに指の腹で軽くおさえる。
ずれて金箔がのらなかった所は余った金箔をのせておさえる。
細かい所は次の工程だ。
小さな紙の小箱と筆を持っていらして、金粉が入っているので気をつけて下さいと言って蓋に手をかけられた瞬間、思わずおとさんと私は口をおさえて顔を背けたので、笑われてしまった。
金粉を筆につけて、トントンと隙間をうめていくのだ。
月は丁寧に集中してやっている。横でテーブルに落ちた金を指でとって顔につけてみたりする。意外とおちない。
金粉をのせ終えると、今度は周りの金粉を拭き取る作業。やさしく布で拭き取る。
どの工程もそれは丁寧に熱心にやっていた。
完成して箱に入れていただく。1ヶ月は金箔の定着のため触らないようにとのこと。トップコートを塗ると剥がれにくいと教えていただく。
1ヶ月後に開封日とメモをして終わる。
時計を見ると、14時近い。お昼を食べそこねた感。
15時に妙立寺を予約してあるので、妙立寺近くに何かあるだろうと妙立寺に向かう。
まずはバスに乗らねば。お店の人にバスを聞くと、月も一緒に説明を聞いていて、月の方がちゃんと聞いているので、先導は月となる。頼もしくなったなあとしみじみ。
空腹を通り越して、暑さにやられながら、妙立寺へ行った。
暑さと空腹で黙々と歩く。
すれ違う人たちも、暑いと顔に書いてある。
1日目の半分。濃密である。
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