故郷への旅路

見どころ・おススメポイント

 とある映画に影響を受けて書きました。
 大学生の主人公たちがとあるきっかけで田舎の村へ旅行する話です。

・本文27000字程度。
・第二章の途中まで無料公開で、それ以降は有料となります。
・ホラー、大学生の旅、百合展開が好きな人におススメ。

あらすじ

 父の死をきっかけに自分の出自をしった主人公・真は、大学の仲間と共に父親の故郷を訪ねることになる。
 その村は独特の文化があり、真はその村に惹かれていくのだが……

第一章:父の死 

 先日、父さんが死んだ。
 それはわたしの二十歳を祝う家族旅行でのこと。旅館へと車を走らせるわたしたちに居眠り運転のトラックが突っ込んだ。
 幸い、後部座席のわたしと母さんは軽傷で済んだものの、運転していた父さんはそううまくいかなかった。トラックに押しつぶされた父さんはすぐ病院へと運ばれた。
 けれど田舎の病院では十分な量の輸血ができない。このままでは命に関わると言われた。
 そこでわたしは自分の血を使ってくれるよう頼み込んだ。わたしの血液型は父さんと同じだった。わたしの血が少しでも父さんの助けになればという一心でお願いした。
 そう、わたしと父さんの血液型は同じ。そのはずだ。そのはずだった。でも、実際に輸血する前に改めて調べてみると結果は違った。わたしと父さんとでは血液型が合わなかったのだ。
 輸血を断られたわたしはただ祈ることしかできない。手術室の前で母さんと一緒に永遠とも思える時間を過ごした。
 結局、有り合わせの血では足らずに手術は失敗。父さんは死んだ。運転席で呻く無残な姿が生前の父さんを見た最後となってしまった。
 あのとき輸血さえできていれば父さんは助かったかもしれない。わたしはこれまで確かに父さんと同じ血液型だと聞かされてきた。なのに、なぜ血液型が合わなかったのか。
 そのことがしばらく喉の小骨のように引っかかっていた。気になったわたしは葬儀の後、そのことを母さんに尋ねてみた。
「真……よく聞いてね」
 母さんは少し考え込むとわたしに向き直り、改まった口調で恐る恐る口にした。
 実はわたしは、二人の本当の娘ではなかったのだ。
 つまり養子。母さんによるとわたしの本当の両親は若くして死に、二人の親友だった今の両親が身寄りのないわたしを育ててくれたということだ。
 今の両親たちはわたしに血のつながりがないことを悟られぬよう、いくつか噓を付いていた。その一つが血液型だ。噓を付いてでも、あくまでわたしを本当の娘として育てていたという訳だ。
 そしてその噓も二十歳の誕生日には全て打ち明けるつもりだったらしい。言われてみれば、最近の父さんはどこかおかしかったように思う。真実を伝えるべきかどうか最後まで悩んでいたのかもしれない。今となってはそれを聞く術はない。
 父さんの死をきっかけに、わたしは育ての父と本当の家族の両方を失ってしまった。
 大学生にもなって家族がどうのというのは恥ずかしいことかもしれない。だけど、今まで決してなくならないと思っていたものをいっぺんに失ったショックはあまり心地の良いものではなかった。
 まるで地面が足元から崩れ、断崖へと放り出されるような。ジェットコースターに乗った時の妙なフワフワした感じ。船に乗った時の地に足のついていない感覚。ああいった類のものに近いと思う。
 父さんの死は、わたしの心のバランスを見事に破壊した。表面上、わたしはこれまでとどこも変わっていない。けれど内面の安定は格段に崩れていた。これが喪失感というものなのか。
 常にフワフワとした感覚が抜けず、集中できない。わたしはしたことがないけれど、失恋や挫折とはまた違った感覚だろう。
 そして本当の両親たちに思いをはせるようになった。本当の両親たちはどんな性格だったのか。好きな食べ物は? 趣味は? 特技は? 本当の両親たちのありとあらゆることが気になる。そうなるともう止まらなかった。
 自分という地盤がグラついたわたしは、普遍的なもの、血のつながりにすがったのだ。
 実の両親について母さんに何度も尋ねた。その話は学生時代のことがほとんどで、本当の父さんと母さんの姿がおぼろげながらつかめたような気がする。
 今思えば、死んだばかりの父さんをそっちのけでこんなことを聞くのは酷だったかもしれない。それでも自分の安定のためには実の両親たちの情報はどうしても必要だった。
「そういえば……」
 母さんは思い出したように押入れから古い箱を取り出した。そして中から一枚の絵を取り出す。
「あなたの本当のお父さん、霧山流が描いたものよ。故郷を描いたものらしいわ」
 絵は鉛筆で描かれたスケッチのようだった。のどかな農村らしき風景と、いくつかの建物が描かれている。本当の父さんはその村を出て大学へと通い、亡くなった父さんや今の母さんたちと出会ったそうだ。その話を聞いたわたしはその村に強く興味を惹かれた。
「母さん、この村なんていうの?」
「そうねぇ、たしか……霧山村」

第二章:村へ

 育ての父が死んでから数か月が経った。大学生のわたしは夏休みを利用して本当の父さんの故郷、霧山村を訪れることにした。
 母さんによると、霧山村は山深くにある小さな集落らしい。詳しく調べてみると〇県にある農村で、車を使えばわたしひとりでも行けそうな距離と場所にあった。
 暇を持て余した学生を止める者はいない。手早く二、三日分の旅支度を済ませると、父の故郷へと車を走らせた。
 初夏にしては暑すぎる日差しも、エアコンの効いた車内ではさほど気にならない。それより問題だったのは車酔いだ。慣れない車での移動は車酔いとの戦いだった。
 村までの道のりはしっかりと整備されているものの、山道はつづら折りに蛇行している。これが三半規管の弱いわたしを執拗に苦しめた。右に左に身体が引っ張られる度に胃液が喉元のあたりまで押し寄せ、その度に生唾を飲んだ。
「大丈夫、真? 酔い止め飲む?」
 血の気の引いたわたしに優しく声をかけてくれたのは大学でできた友達の三雲久美香ちゃん。久美香ちゃんは後部座席でぐったりしたわたしを心配そうに覗き込んでいた。
「ありがとう久美香ちゃん……さっき飲んだんだけどね。遠足とかでもよく気持ち悪くなったから、準備してたんだけど」
「あんまり無力しちゃダメだよ。ほらっ、勇斗! あんたの運転が荒いから真が酔っちゃったじゃん!」
「俺のせいかよ! 俺っていうか、この道がいけないだろ。こんなグニャグニャ道じゃ、どうやったって無理だろ」
 久美香ちゃんの無茶振りに小気味よく返したのは金田勇斗くん。二人は大学に入る前からの幼なじみで、きょうだいのように仲が良かった。兄弟姉妹のいないわたしにとって、二人の歯に衣着せないやり取りを見るのは不思議と心地がよかった。
「ばあちゃんが言ってたぜ。車酔いにはヘソに梅干しを入れると良いんだってさ。なあ英輔?」
「そういう話も聞いたことあるけど、誰も梅干しなんて持ってないだろ。普通に外の景色を眺めるとかで良いんじゃないか?」
 勇斗くんの車酔い対策に英輔さんは呆れたような声を漏らした。田代英輔さんは勇斗くんの友達で、この中では二つ年上の最年長。いま乗っているこの車も英輔さんが出してくれたものだ。
「真さん、本当にダメそうなら我慢しなくて良いから。どこかで車を停めて少し休もう」
「ありがとう英輔さん、車まで出してもらって。話してたら少し気が紛れたから、ちょっと楽になったかも。勇斗くんも普通に運転してて良いからね」
 わたしは今になって少しほっとしていた。初めのうちは自分ひとりで村に行くつもりだった。それが道中ここまで辛いものになるとは思ってもみなかった。もしひとりで来ていたらと思うとゾッとしてしまう。
 幸か不幸か、この三人と一緒に旅行することになったのは、大学でのちょっとした会話がきっかけだった——

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